杉江松恋不善閑居 一乗寺「萩書房Ⅱ」

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×5。イレギュラー原稿×2(エッセイ、解説)、ProjectTY書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

勤め人にとっては旗日と旗日の谷間の月曜日であり、ゴールデンウィークのさなかということもあって、外出は控えて在宅し、もろもろの事務処理をしながら仕事読書に徹する。案の定、いろいろなところから連絡がきた。メールの返信ばかりで原稿は進まなかったが、これはこれで仕方ないだろう。茫漠たる仕事読書は途中で当たりを引き、俄然やる気が出てくる。このへんが書評稼業の醍醐味でもある。

京都の話おしまい。今出川通りを東の端まで行ったら古本屋探索はちょっとだけ休憩して一乗寺の紅葉と円山応挙雨竹風竹図屏風を鑑賞する。いちばん好きな応挙かもしれない。そこから坂をくだって一乗寺駅へと向かう途中の左側に萩書房がある。一度通りすぎてしまい慌てて戻ったら店頭にトニー谷の等身大看板があり、なぜこれを見逃したのかと自分を不思議に思う。

萩書房は日本の古本屋にも大量に本を出していて、何度かお世話になったことがある。店を訪問するのは初めてだ。細長い店内を中央棚で区切っていて、右側から入る。中央棚側は文庫と新書、右壁側は単行本の文芸書が中心で、見るからに魚影が濃い。ソナーが反応しまくりで、絶対に何かありそうである。奥へ行って帳場の前で折り返し左側は趣味の本や希少漫画本など。最も手前側には芸能や映画関係のコーナーなどもあり、さらに激しくソナーが反応する。絶対に何かあるはずだが、不思議なことにかすりはするものの本式の当たりがこない。まるで釣り針の餌だけついばまれているような感覚で、もどかしい。こうなると意地でも帰れない。何かを手にして帰りたいという気持ちで物狂おしくなってくる。何を買っても外れではないが、魚群が濃すぎてそのものずばりではないと納得しがたくなってしまった。

帳場の前まで来て折り返す。右側壁に外国文学のコーナーがあり、さっきはすっと通ってしまっていたが、もう一度よく見ようと目を凝らした。と、学藝書林刊『現代世界文学の発見2 危機にたつ人間』があるではないか。さっきは見落としていた。この本にしか入っていない「殺人株式会社」はジャック・ロンドンが途中まで書いて死んだのを、ロバート・L・フィッシュが補筆したという作品で貴重なのだ。値段を見るとまさかの三桁である。これはダブりだろうがなんだろうが買うだろう。私は買った。

本日は古書HERRINGと古書善行堂に来るために一乗寺までやってきたのだが、本としてはこの一冊を手に入れるためであったと言っていい。古本屋巡りにはそういうところがあり、一冊が収まるところに収まることで画竜点睛となる。満足しつつ駅まで向かい、念のため恵文堂一乗寺店にも足を運んだが、これはもうフルマラソンを走ったあとのストレッチのようなものである。すでに夜になっており、帰京すべき時間であった。静岡から続く西日本古本行、おしまい。

旧聞静岡・大阪・京都

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