杉江松恋不善閑居 浪曲が大衆娯楽の中心にあった時代

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

某月某日

新宿にてとある打ち合わせ。新しい仕事になるかどうかはわからないのだが、これまでの経緯からあるところに仁義を切っておかなければならず、そのために担当者に来てもらった次第である。まだ海のものとも山のものとも知れない感じなので、これから長い目で見ていかなければならない。またご報告します。

終了後、南部古書会館の五反田遊古会と新橋古本まつりをひやかして帰った。五反田遊古会では上の階で特に収穫がなかったのだが、下の階で大きな拾い物が。写真のこれだが、商店街が買い物の特典で演芸会を催していたらしい。看板になっているのは木村重松。これはたぶん二代目だろう。年代が特定できないのだが、万才として出番のある森トラックと辻ダットサンのコンビが、神保喜利彦『東京漫才師大系』によれば1981年以前には亡くなっているそうなので、逆算してもせいぜい1960年代前半ぐらいなのではないだろうか。チラシにも浅草の東京国際劇場に一行を招待したという文言があるし。昔は、上得意を招待しての演芸会を商店街規模でやっていたという証拠の品である。これは貴重。

今日はこれから立川寸志さんの落語会で、明日は一日アートスペース兜座である。午前が玉川奈みほ勉強会、午後が木村勝千代独演会、夜は天中軒月子独演会という浪曲尽くしなので、ぜひおいでください。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存