杉江松恋不善閑居 町中華は同伴喫茶じゃない

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某月某日

メールボックスを開けたら仕事の依頼が来ていた。ありがたいことである。当然ながら受ける連絡をすると、それを発信したかしないかぐらいのうちに別の依頼が入った。ちょうど田山幸憲『パチプロ日記』を読み返しているところだったので、頭に「数珠つなぎ連チャン」とか「確変」といった単語が浮かんでくる。今のパチンコはどうなっているかよく知らないけど。さらに新人賞がらみの仕事が二つ。これは前もって受けることが決まっていたので新規ではない。よって新しい仕事は二つということになる。勤務評定は+2.0。

午後になって出かけて某社へ。ここで来年、編著を出すことになっているのである。私もいくつか新原稿を書かなければいけないが、まとめて取り掛かると執筆者も編集側もたいへんなので、一部は連載形式にしてはどうか、と提案をいただいた。ありがたい話である。というのも『ジャーロ』の〈日本の犯罪小説〉連載が5月末発売の今号で終わるからだ。これも前々から決まっていたことだが、隔月で●万円だった原稿料が減るので、その分を埋める連載を取るか、単発原稿を書くかして穴を埋めなければならないところだった。某社の原稿料額だとたぶん●万円の三分の一ぐらいは補填できると思う。なので、残り三分の二をなんとかすればいいわけだ。ありがたやありがたや。もちろん単行本の作業が進められるというのもいい話である。それ以外もいろいろ決めることは決めてありがたい打ち合わせとなった。

いったん家に戻って原稿をやり、夕方になって池袋コミュニティカレッジへ。終了後に地下の三省堂書店で本を物色し、帰る。渋谷で降りて錦で食事。混んでいた。おもしろかったのは四人掛けテーブルに座る男女で、女性のほうが同じ会社で地位が上、男性のほうがその部下という感じなのだが、なぜか並んで座っているのだ。そして食事はもう終わっているのに、ずっと帰ろうとしない。それはまあいいのだけど、店としては迷惑だろうけど、女性のほうが会社の不満を話していて仕事モードなのに、酔っ払った男性が彼女のほうにしなだれかかっていて、欲望丸出しモードになっているのである。女性はそれを嫌がっている風ではないので、たぶんそういう関係。同意の上なら別に文句をつける話ではないが、ここは町中華の店なのだ。そういうことは帰ってからやれ、と言いたい。四人掛けの席にわざわざ並んで座って、1.3人分のスペースにくっついている様子が私の位置からだと丸見えである。

こういうのどこかで見たことがある、と思ったが、古の同伴喫茶ではないか。同伴喫茶というのは昭和のもので、喫茶店に他と隔絶された恋人シートみたいなものがあって、そこに並んで座るようになっているのである。私は入ったことがないのだが、昔慶應推理小説同好会の例会で使っていた渋谷の喫茶田園には三階に同伴喫茶コーナーというものがあった。われわれが推理小説の話を暗くしていると、その横を通って男女が三階に上がっていくのである。あれは妄想を搔き立てられるものがあった。「渋谷の夜はデンジャラス」などと囁きあった。何かのはずみで三階を覗いたことがあるが、あれが唯一の同伴喫茶体験である。まあ、町中華でやることじゃない。

店に四人連れの客が入ってきて、今はそこしか空いてないからとカウンターに通される。さすがに店員も痺れを切らしたのか、同伴喫茶客に席を立つように促した。二人は不満そうな顔をして立ち上がり、ずいぶん時間をかけて店内を見回すと、別に待っている人なんていないじゃない、などと言いながら帰っていった。もう来ないぞ、みたいな捨て台詞も残していったかもしれない。酔っ払っていたとはいえ、あまり感じのよくない振舞いではあった。大人ってやあね。私も一人で四人席を占領してしまっていたので、早々に退散する。

帰宅したら青崎有吾『地雷グリコ』が本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞に次いで山本周五郎賞を受賞していた。おめでとうございます。「平成のエラリー・クイーン」に次ぐキャッチフレーズは「令和一おもしろいミステリー作家」しかないと前々から提唱していたのだが、いよいよ本当になってきた感がある。

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