杉江松恋不善閑居 ほうかしきえん直後に〈スギエゴノミ〉

Share

某月某日

間の悪いことに、蜂窩織炎が発覚した翌々日が、アートスペース兜座での〈スギエゴノミ〉だった。

朝8時、日比谷線に乗った。この時間だと満席で、優先席にも勤め人が座っている。その前に立って、ひたすら痛みを我慢する。私はにわか病人だからいいのだけど、そうやって下を向いて流れていくSNSのスレッドばかり追っていたら、前に本当に席を必要とする方がいらっしゃってもわからんだろう、そこの初老眼鏡くん、などと心の中で説教しながら時が過ぎるのを待った。

最寄り駅は茅場町なのだが、東銀座駅で降りる。茅場町駅からアートスペース兜座までの数百メートルも到底歩けないだろうと思ったからだ。歌舞伎座の前でようやくタクシーをつかまえ、兜町まで行ってもらう。このときすでに心の中は焦りまくっていた。この日実は、アートスペース兜座のあるビルはエレベーター点検を予定していて、9時になると停止してしまうからである。そうなったら5階まで歩かなければならない。

タクシーがビル前に着いたのは9時1分過ぎ、祈るような思いで車を出て、エレベーターの前までやってくると、まだ普通に動いていた。よかった、命拾いをした。

5階に上がって準備をする。玉川わ太勉強会である。なのだが、わ太さんは朝から落語芸術協会の太鼓勉強会があるとのことで、到着がぎりぎりになるとあらかじめ聞かされていた。お休みの佐藤一貴さんに代わって、この日のみ沢村まみさんが三味線である。開演15分前になんとかわ太さん到着。そして5分後に停止していたエレベーターも動き出した。やれやれ。お客さんも当日が入り、前回よりも微増でよかった。

寛永三馬術 梅花の誉れ わ太・まみ

明石の夜嵐 わ太・まみ

阿武松 わ太・まみ

わ太さんの「梅花の誉れ」は初めて聴いたが、非常によかった。大師匠のリズムで啖呵を言えているし、当て節もきちんと落とせていた。以前に比べて格段に聴きやすくなっていると思う。「明石の夜嵐」も太福さんで聞いて以来だが、これもいい。襖越しだったので仕草はちょっとわからなかったが、十分聴ける浪曲になっていたと思う。「阿武松」は時間がなくてちょうど時間となりました、の終わり方。

わ太さんが終演した直後に、午後の部の木村勝千代さん、広沢美舟さんが入ってくる。蜂窩織炎のことはすでに伝わっていて、たいへんな労りのお言葉を頂戴した。ありがとうございます。おふたりの浪曲が何よりの薬です。平日のこの会は、勝千代さんが木村派の掘り出し物をネタ下ろしする趣向なのだが、美舟さんの素振りから何か凄いものが準備されているのがわかる。いざ、開演。

北海異聞 函館の再会 勝千代・美舟

あまから女郎(清水一朗原作) 勝千代・美舟

「北海奇聞」は初代の木村重友の外題で、『大衆芸能資料集成』に一部の台本が載っている。もともとは浄瑠璃で上演されたものだろう。舞台設定が新歌舞伎を思わせる。人物相関図が複雑な因果で組み立てられていて、この時代の連続読みという感じである。複数の悪人が登場する世話物で、できれば全篇を聞いてみたいものだと思った。「あまから女郎」は先日亡くなった清水一朗さん追悼記念である。

終演後、勝千代さん、美舟さんと話していて、実は7月の予定を入れてないことに気づいた。あわてて兜座を調べて押さえる。備忘のために書いておく。年内は以下の日程である。すべて兜座で、※が付いているものは5階ではなく6階の会場だ。

7月11日(土)※

8月18日(火)

9月12日(土)※

10月20日(火)

11月14日(土)※

12月22日(火)

勝千代さんがお帰りになり、しばらくして夜の部の広沢菊春さんが見えた。座り高座なので管理人のTさんにお願いして高座を組んでいただく。その中でいろいろと今後の予定についてお話をした。菊春さんとは実は5月15日(金)に大きな会を予定している。その内容についてなどもろもろ。そういう話をしているときは、足もあまり痛くない。

この会は国定忠治連続読みで、その五回である。春日井梅鶯「赤城の子守唄」に相当する、忠治伝の山場だ。

忠治赤城落ち 菊春・美舟

勘助首取り 菊春・美舟

終演後は早めに失礼させてもらった。またタクシーに乗って東銀座駅へ。そこから日比谷線で帰る。いつもは駅から数分の道のりに十分くらいかかった。早く健康になりたい。

メールマガジンを始めました。詳細はこちら

Share