杉江松恋不善閑居 近鉄奈良・大学堂書店&ゆりゆりBOOKS&古本デンドロカカリヤ

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某月某日

ついで奈良行の続き。

個性抜群の古本や酒仙堂を出たあとは、近鉄奈良駅を目指してひたすら北上する。数ヶ月前に訪れた智林堂書店を商店街を早歩きしながら少し覗き、大宮通りを渡ってすぐの商店街に入る。

ここには二軒の古本屋がある。一軒は奈良市最古だという桂雲堂豊住書店だが、最近になって代替わりし、限られた日しか開けていないらしい。この日は残念ながら閉まっていた。

その手前、商店街の左側にあるのが大学堂書店だ。この名が付く古書店は複数都市にあるが、凡庸な店は一つもない。ここもおそらくそうだろう、と期待して足を踏み入れた。

その日訪れたどの店舗とも違う佇まいである。学術書や仏教書の占める割合が非常に高く、壁に積み上げられた揃いの全集が店の実力を物語っている。これは手ごわい、何か買えるものはあるだろうか、と危ぶみながら店内を歩いていると、高いところにある貼り紙に気が付いた。そこには店内の全集本在庫一覧が書かれているのだが、その中に雑誌『上方芸能』揃いとあるではないか。

『上方芸能』は木津川計が編集長を務めていた雑誌で、関西芸能界を調べるためには欠かせない資料だ。必要な号だけ持っていたのだが、もちろん揃いで手に入るとなれば拒む理由はない。そうか、今日奈良に来たのはこれだったか。上方芸能に呼ばれたのか、と覚悟を決めて店主に話しかけた。あの、あそこにある貼り紙を見たのですが、と言うと店主は顔を起こす。

『上方芸能』、ありましたかねえ。

と首を傾げながら席を立ち、店内を探してくれた。そう、私も声を掛ける前に一応確認していたのだが、見当たらなかったのだ。バックヤードにあるのかも、と思ったが、一まわりしてきた店主が、ないですねえ、と呟いた。どうやら貼り紙をした後に売れてしまったらしい。申し訳ないです、と言われてなんだか残念なような安心したような。もし在庫があったら、どーんと何十冊もの雑誌が家に届くことになったのだ。複雑な気持ちで店を出る。それにしても品格の高い店だった。店頭の貼り紙に「バイオリン教えます」というのがあったが、あの店主が教えるのだろうか、などと想像した。

その道をさらに北上、奈良女子大学の敷地を超えてさらに進み、行き当たったところで左折して佐保川を渡る天平橋の手前まで来たところにあるのが、ゆりゆりBOOKSである。こちらは絵本・児童書専門のお店で、雰囲気としては東京都八王子市の古書むしくい堂に近い。二面の壁に絵本が面陳の形で置かれていて、見た目にも楽しい。ここではマイケル・ボンドの絵本を一冊購入した。

店を出たら今度は東に進む。いよいよ本日の最終目的地である。何ブロックか進んだところで南に間借り半田突抜町という素敵な地名の一画に「古本デンドロカカリヤ」がある。写真で見てもわかる通り、本当に路地の一画としか言いようのない立地で、この看板がなければ絶対に古本屋があるとはわからないはずだ。

店名からして安部公房ファンの店主がやっているのだろう、と思って入ったが、中はSF・幻想小説などジャンル文学や、サブカルチャー色が非常に強い品揃えであった。なぜか『うる星やつら』のフィギュアなどもあっておおいに心が動いたのだが、昭和版ではないので見送った。令和版まで手を伸ばすとえらいことになる。

SF関連の文庫を買って外に出た。もう午後5時近いが、夏の空はまだまだ青い。デンドロカカリヤ前の路地を通って帰途についたら、隣の敷地で鹿が二頭草を食んでいるのに出くわした。当たり前のように平然としている。さっきの奈良女子大学前の商店街に入ったら、そこでも新刊販売のベニヤ書店前で鹿と遭遇した。

街中でつながれていない犬と会うよりも当たり前の光景になっている。さすがは「鹿政談」の奈良、と感心しながら歩き、JR奈良駅から大阪に戻った。奈良にはまだまだ掘らなければならない店がある。

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