杉江松恋不善閑居 念願の、宇都宮・秀峰堂に入ったこと

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某月某日

宇都宮日帰り行の話題、続き。

いつも宇都宮に行くときはJRを使う。東武宇都宮駅とは1キロ半ほど離れているので、頻繁に出ているバスを使うか、えっちらおっちら歩いていくのである。

この日は急いでいたので行きはバスを使い、帰りは歩くことにした。そうするとまっすぐJRの駅に向かうのではなくて、大きく南に逸れて寄り道したいところがある。

南北に流れる田川沿いの西側にある上河原通りと、東西に走るいちょう通りの交差点近くに三軒の古本屋が存在する。一軒は田川沿いの民家を改修して営業しているigno…book plusで、ここは定休日を決めて営業しているので立ち寄りやすい。交差点近くにある二軒が難物で、一軒のanalog booksは催事参加を積極的にしているためか市外の者から見ると不定休に近く、なかなか開いているところに出くわさないのである。実はまだ一回も中に入ったことがなく、この日も駄目だった。

その隣、敷地を一つ挟んだところにあるのが秀峰堂だ。

ここは市内でも一、二を争う老舗である。裁判所近くにある山崎書店とどっちが古いのだろうか。ただし、滅多に営業していない。いつ行っても戸が閉まっていて、ひっそり閑としているのである。宇都宮にちょくちょく足を運ぶようになって10年は経つ。毎回訪ねているのだが一度も中に入れたことがなくて、実はもう店舗営業はしていないのではないかと考えていた。秀峰堂は骨董販売も手掛けており、現在はそちらが主になっているとも聞く。しかし、骨董販売をやっている古本屋だからこその魅力もある。一度でいいから中を見てみたいと思い、駄目元で覗きに行くのが宇都宮行の決まりになっていた。

またもanalob booksに振られる。仕方ない、igno…book plusに寄って還るか、と思って東に向かうと、視界の隅にいつもと違う違和感があった。

秀峰堂が開いている。

慌てて店を見直した。

秀峰堂が開いている。

いつもはガラス戸の向こうにカーテンがあり中を覗くことも難しいのだが、それが除けられている。そして、戸が開いているのだ。

秀峰堂が開いているぞ。

開くんだ、秀峰堂。

息が苦しくなり、開いている戸口に駆け寄った。

おそるおそる中に入る。店は横長だが、中央に桝形に組まれた棚が二つ並んでいるので、視界は遮られる。その棚には和書が横積みで置かれており、空いたスペースには古い岩波文庫などが詰め込まれているのである。新興古書店にはない薫香が漂う。和書が発する、かびっぽい独特の匂いだ。右を見ると老齢の男性が帳場に座っている。おそるおそる、拝見していいですか、と訊ねると無言で頷いてくれた。

やった、秀峰堂に入れる。

店内は前述の二つと、三面を天井まで埋める壁際の棚で構成されている。入口側の一面にも棚があるが、そこに置かれているのは無数のファイルだ。どうやら刷り物や古文書のたぐいはそこに封入されているらしい。

さて、困った。あまりにもレベルが高く、適当に買えるものなどないのである。本気の古書店だ。せっかく中に入れてもらった以上は何か買わねばならぬ。買わない客認定されては以降に差し障る。もちろん岩波文庫などを適当に抜けば買えるのだが、それでは不調法である。ここは何か、自分なりの足跡を残すような買い物をしなければならぬ。

となれば買うのは本ではなく、紙物だ。

先に骨董屋兼業の古本屋だからこその魅力があると書いた。買取をする際、古い家からは大量に手紙や書きつけなどが出てくる。反故紙として捨てられかねないそういうものこそ、古書店にとっては魅力的なのである。そうした紙物は新古書店にはまず出てこないし、東京都内でも扱っているところは少ない。だいたいが古書展にまわされるからである。しかし地方の古書店にはまだまだ眠っているところも多いはずで、私がせっせと各地を訪ねているのはそういう理由もある。

ファイルの群れに向かう。20冊以上はあるだろうか。まさに宝の山である。一つずつ開いて中を確認していく。10冊くらい調べたところで掘り当てた。

浪曲会のチラシである。昭和前期の四天王、東家楽燕のものだ。

思わず声が出そうになったのを押し殺して店主に値段を聞く。思ったよりも高かったが、手が出ない値段ではない。もちろん購入すると告げ、残りのファイルも改めた。20冊すべてを確認し、とりあえず今日は楽燕の日だと決める。

支払いを済ませたあとで店主に伺うと、不定期だが開店はしているとのことであった。月曜日と金曜日に郵便物を取りにくる他、客から連絡があればそれに合わせて開けるとのこと。その連絡手段がメールでも電話でもなく、手紙のみだというのが渋い。もし秀峰堂に行きたいという方があったら、だいぶ余裕をもって、まずは手紙で問い合わせをしてもらいたい。

店を出て楽燕のチラシをしげしげと眺める。

何年かはわからないが来る「三月五日午後五時ヨリ足利市足利座」にて出演すると書かれている。一般向けではなく一穂という酒の一升瓶を酒屋で購入すると無料招待券を一枚もらえるという仕組みである。主催下野酒造株式会社とあるから、そこがスポンサーになって開かれた浪曲会なのだろう。このように客寄せのキャンペーンとして開かれる浪曲会は戦後まで開催されていたようだ。私も別のところで開かれた、招待浪曲会のチラシを持っている。浪曲史の資料としては大変に価値のある一枚であった。

秀峰堂でこのチラシに出会うために宇都宮に来た。東家楽燕に呼ばれた。

その喜びを噛みしめながら帰路につく。また来るぞ宇都宮。

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