杉江松恋不善閑居 名古屋古書会館倉庫会と犬山・古書五っ葉文庫

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某月某日

先々週の土曜日。

この日から遠出をした。東海道新幹線に乗って愛知県へ。以前はたくさんあった、ぷらっとこだまがいつの間にか大幅に減って、一日一本だけになっていた。東京駅を6時半発なのできついが、普通に買うよりも2千円近く安いので仕方ないのである。3時間半かけて名古屋に着く。ほとんどのホームにある住よしできしめんを食べたら中央線に乗り換えて鶴舞駅へ。ここから数百メートル歩いたところに名古屋古書会館がある。この日は倉庫会の古本まつりなのである。名古屋古書会館の古本まつりは時折スケジュールが合ったときに寄っている。この日は最終日だったのでさほど期待はしていなかったが、雑本度の高い、楽しい会だった。古書組合の催しにもいろいろあって、専門書が多ければ玄人っぽい客が増えるし、雑本主体なら一般の人が中心になる。この日の倉庫会は後者よりだったのだろう。催しの最終日ということもあってめぼしい収穫はなかったが満足した。

鶴舞駅から名古屋駅に戻り、名鉄に乗り換えて犬山駅へ。急行で行けば30分くらいのものである。犬山市、というか隣の扶桑町に用があるのだが、まずはこちらへ。なぜかと言えば、古書五っ葉文庫があるからだ。

五っ葉文庫の店主は『痕跡本のススメ』『痕跡本の世界』(ちくま文庫)の著者、古沢和宏さんだ。とみさわ昭仁さんが懇意にしているので、お店の話はよく聞いていた。最近になって元の建物から現在の場所に移転したのだという。とみさわさんから「建物を見たらびっくりしますよ」と言われていたので、どういうことなのだろうかと思いつつ駅から歩く。南に向かってほんの数分の距離である。

目に飛び込んできたのは巨大なビルだ。ええっ、あそこか。そう思ったのは早合点で、犬山市役所であった。さすがに古本屋の入っている建物にしては立派すぎる。見上げていた目を下に向けて、やはり驚いた。あ、あれだ。さすがに市役所ほどではないが、それでも立派な建物である。公共施設のつくりであり、個人の所有物だとしたらたいした大邸宅だ。前まで行って、「古書五っ葉文庫」の木札が掛けられていることを確かめるまでは半信半疑であった。やっぱりここなのである。その下には「岩田洗心堂」という大きな看板がある。

扉を開けて中に入ると、スリッパに履き替えるようになっていた。受付があって、女性が顔を出す。やはり古本屋っぽくない。と、後ろからエプロン姿の男性がやってきた。事前に来ることを伝えてあったので、挨拶してくださる。この方が古沢さんである。

種明かしをしてしまえば、本来はここは岩田洗心館という、個人蔵のものを展示する美術館だった。それがしばらく閉館していたのだが、以前の店舗が老朽化のために無くなることになり、行き場を失った古沢さんが管理人兼古書五っ葉文庫間借りのような形で入居したのである。道理でやたらと立派な建物のはずだ。

一階では写真展が開かれており、二階が古本屋のスペースとなる。階段を上がると、ドアの外にまず文学書を置いた棚が見える。よくある均一棚ではなく、これも十分に値付けのできる本が中心だ。ドアを開けて入れば、手前を含む三方が天井までそびえており、奥は喫茶のための厨房と事務室になっている。

本棚は手前の一面が美術書や郷土本、芸能関連で、左側がコミックやサブカルチャー系である。右側の本はもともとの岩田洗心館蔵書なので、売り物ではないという。カウンター越しに古沢さんとお話ししながら本を物色していく。旅先なのであまり大きな買い物はできないのだが、と思いながら見ていたら『スープレックス山田くん』(少年キャプテンコミックス)があった。

国友やすゆき作画で、原作は篠沢純太、原案として古舘伊知郎の名前が入っている。この本の作りからだとわからないのだが、本書には姉妹篇がある。小林よしのり作画、古舘伊知郎原作の『おーっと、フルタッチ』(光文社)がそうだ。『おーっと、フルタッチ』は「ワールドプロレスリング」実況アナウンサー古館が原作という触れ込みで、新日本プロレスのレスラーたちを描くというセミドキュメンタリー漫画だった。初期のころはギャグ漫画なのだが、途中で1984年の大漁離脱事件が起きてしまい、大塚直樹による長州力らの引き抜きがあったところで、これからどうなるのだろう、と匂わせて終わる。おもしろいのは新日本プロレスと連載から離脱したのは後のジャパン・プロレス勢だけではないことである。単行本は、小林よしのりが古館を裏切って連載から離脱し、後を国友やすゆきが引き継ぐ、ということが宣言されて単行本は終わっている。

私はリアルタイムでこの本を買っていた。『おーっと、フルタッチ』の第2巻はいつ出るんだろう、と思いながら待っていたら音沙汰がなく、そのうちに忘れてしまった。それがどういうわけか『スープレックス山田くん』として連載が行われ、単行本化もされていたのである。光文社から徳間書店に版元も変わっているし、このへんの経緯は雑誌で追っていなかったのでよくわからない。

『スープレックス山田くん』の主人公は山田恵一で、ドン荒川が道場を仕切っていた時代の新日本プロレスが舞台になっている。長州力は当然出てこない。新日本プロレスは若手主体に舵を切ろうとしていた時期だから、小杉や後藤、佐野といった山田世代のライバルたちが中心である。武藤や橋本も出てくるが、まだ新人だから扱いは小さい。武藤なんておっさん顔に書かれている。1980年代後半の三銃士台頭前の空気を教えてくれる、今では資料性も高くなった作品だ。

というようなことを古沢さんと話して、お勘定をしてもらう。ご著書の『痕跡本の世界』も購入し、お店を後に。まだまだ行くところがあるのだ。(つづく)

小さくて見づらいがドア横に「古書五っ葉文庫」、その下に「岩田洗心館」とある。

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