杉江松恋不善閑居 玉川祐子101歳かさま応援大使就任記念公演とつちうら古書倶楽部、自分はなぜ本を書くのか

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某月某日

本日も浪曲木馬亭月例公演が開催されているのだが、失礼して茨城県笠間市に向かう。曲師・玉川祐子さんが御年101にしてかさま応援大使に就任された。その記念公演が行われるのだ。『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』共著者としては、行かないわけにはいかないではないか。しかも会場では本も販売していただけるという。

午後1時半に会場のある友部駅に降り立った。会場前でやはり東京からやってきたKさんに会う。Kさんと私、まるで特派員のようにいろいろなところに浪曲関係で行っている。会場はすでに大入り満員であった。予約120席は売り切れて、さらに当日券も出たという。祐子さんの甥であるSさんや、主催のKさんにご挨拶する。控室の前を通ると、祐子さんの元気な声が聞こえてきた。エンジン全開だ。

午後2時開演。最初に笠間市長の挨拶があった。昨年101歳の誕生日に祐子さんは故郷で凱旋公演を行ったのだが、迂闊なことにそれまで笠間市は現役最高齢の芸人が自分の市の出身者であることに気づいていなかったのだという。それで初めて玉川祐子を認識し、慌てて応援大使に任命した、という次第である。祐子さんが故郷に錦を飾るお手伝いを、『100歳で現役!』を出すことで少しでもできたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。出版社に売り込み、取材をして本にまとめる。その過程はすべて玉川祐子に喜んでもらうという一事のためにあった。

最初に預かり弟子の港家小そめさんが出演、トークと中入りを挟んで、夫・玉川桃太郎存命中から可愛がっていた玉川太福さんという構成だ。むろん、二席とも祐子さんが弾く。

深川裸祭りの由来 小そめ・祐子

トークコーナー

中入り

祐子のスマホ 太福・祐子

トークコーナーの様子を見ていて、ちょっと緊張しているな、と思った。おっしゃることがよそゆきっぽいのは、晴れの舞台であることを意識しているのだろう。どうやら頑張りすぎて、血圧が上がりすぎてしまったらしい。中入りを延長、さらに太福さんがトークでつないで祐子さんの休憩時間を確保する。本にも書いた、桃太郎さんとNHKのラジオに出演したときのエピソードを思い出していたら、やはり太福さんがそのことに触れた。祐子いい話、のちょうど落ちに差し掛かるところで本人が出てきて、太福さんがずっこける。その後の「祐子のスマホ」はもちろん大受けであった。

楽屋にちょっとだけ伺って祐子さんに一言だけ挨拶し、外に出る。常磐線に乗って土浦へ。ここまで来たらつちうら古書倶楽部に寄らない法はない。約2時間ほど滞在して、ひさしぶりにこの店の棚をじっくり見た。以前来たときには気づかなかったが、動きが停まった棚とそうではないところとが分かれている。探していた、谷川健一『常世論』の講談社学術文庫版が見つかったので、ありがたく購入して帰った。

自著を出すという行為にはさまざまな意味があると思う。もっとも現実的な理由としては生活費を稼ぐため、仕事を続ける上での自分の看板としたいという考え方もあるだろうし、このテーマを世に問わなければならない、という使命感のなせるわざ、という場合だってあるはずだ。

自分の場合は、できることのうち、最も世間に届くことが本を書くことだからやっているのだと思う。ネット上の活動、動画の配信、SNSでの発言などいろいろなことをやってみているが、やはり紙の本にすることがいちばん世間に届いた感触があった。現在ではまだ、そうなのだと思う。もちろん、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人たちは、私が本一冊を書いてできるのと同じようなことを、ほんの数分ネットやテレビで話しただけで実現してしまう。それに比べれば微々たるものだが、自分はインフルエンサーにはなれないのだから仕方ない。できることをやる。記録や記述として残しておく必要があると思うものは100年後でも閲覧可能なように形にする。そういうことをやるために自分はいるのだ、と思っている。

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