このへんから現在の「芸人本書く列伝」(『水道橋博士のメルマ旬報』連載)につながってくる。文中で「師匠」と書いているが、芸人に対する尊称をどうするか、このころはまだ決めかねていた。現在は芸界の人間ではないので、と割り切って実際にお会いした際なども一切「師匠」とは呼ばないようにしている。現在の自分から見るととても違和感がある文章なのだが、過去のものであるので、一切手は加えないことにした。
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杉江松恋のチミの犠牲はムダにしない!
第18回「借金2000万円返済記」快楽亭ブラック(ブックマン社)
快楽亭ブラックという落語家がいる。初代は明治のころに来日したオーストラリア人で、日本語がやたらと達者であったばかりか、当時最先端の流行だった催眠術の実演をしてみせるなど、変な人物だったらしい。その二代目を襲名したのが当代のブラックだ。師匠の立川談志の命により、故・五代目古今亭志ん生の改名記録を抜くために、都合十七の口座名を名乗った。最初に貰った前座名が立川ワシントン。以降、ジョニー三之介、桂三之介、桂サンQ、立川談とん、立川カメレオン、立川レーガン、立川丹波守、英国屋志笑、立川レフチェンコ、立川世之介、立川フルハムロード、立川小錦、快楽亭セックス、立川マーガレット、立川平成と名を変え、一九九二年に二代目快楽亭ブラックを襲名して真打昇進したのである。ちなみに立川フルハムロードは、いわゆるロス疑惑の三浦和義氏の内縁の妻が営業していたことで一時有名になった店の名前だ。また、立川マーガレットは、快楽亭セックス時代に、セックスと名乗れないような場合に使った仮の名である(玉袋筋太郎がNHKでは知恵袋筋太郎になるようなものですね)。
ブラック師匠は、進駐軍の米兵だった父親と日本人の母親の間に生まれ、父親の顔を知らずに育った(朝鮮戦争で戦死したらしい)。顔立ちは完全に白人だが、英語はまったく話せない。それどころか日本映画を偏愛し、『日本映画に愛の鞭とロウソクを―さらば愛しの名画座たち』(イーハトーヴ出版)という著書があるくらいだ。その他に親しんでいるものは観劇と風俗遊び、それから競馬。風俗遊びの方はプロ級(?)で、体験ルポの原稿料で稼いでいた時期もある。観劇の対象は、もっぱら歌舞伎である。ブラック師匠が歌舞伎マニアであることを知ると、人は「勉強しているね」と言うという。そして「スケベな所ばかり行ってないで、精進しろ」と説教するそうだ。
わかってないね。芸人の了見というものを。何も勉強をしに芝居小屋まで通っているわけじゃない。好きだからだ。風俗に行くのも、好きだから。それらすべてが肥やしとなって快楽亭ブラックという芸人が成立しているのである。
昔の落語に「士族の商法」というのがある。これは御一新(明治維新)で士分を捨てることになった旗本が、一時金としてもらった元手を使って慣れない商売を始めるという笑いだ。いろいろ手を出すが、その一つが汁粉屋だ。当然元はさむらいだから、甘味屋なのにお愛想も何もなくて、やってきた客には高飛車に応じるのである。この変形で「ぜんざい公社」という落語も生まれた。これは、殿様のところがお役所に変わった、というお話。ぜんざいを注文するのに、いちいち窓口で書類を書いて判子を押さなければならないのだ。お役所的なたらい回しの様子を笑った落語である。ブラック師匠はこれをさらに変えて「オマン公社」という落語を新作した。つまりぜんざいの部分が……あとは言わずとも察するように。風俗通いが肥やしとなって生まれた落語なのである。この他、「禁酒番屋」から生まれた「聖水番屋」、「五人廻し」から生まれた「イメクラ五人廻し」、『一杯のかけそば』なる辛気臭い童話のパロディである「一発のオマンコ」など、数々の傑作がソープの泡から生まれた。歌舞伎座と歌舞伎町がブラック落語のふるさとなのだ。
なのだが、ちと困った趣味もある。競馬だ。ブラック師匠、競馬が大好きなのである。どのくらい好きかというと、このくらい。
――110万円の制作費(注:落語のCDとビデオのもの)を払う為、落語会のあがり100万円を競馬に注ぎ込んだ。本来はギャラとして出演者に支払うべき金だったが、切羽詰っていたあっしには競馬で100万円を倍に増やせるという考えしか浮かばなかった。もちろん当たるはずもなく、借金はまたも増えた。他にも未払いのギャラがあり、秋の初めには240万の支払いが待っていた。この240万円を払うべく更に100万円借金をした。これを競馬で240万円にする予定がパーに。ざるで水をくむようなもんで、馬券を買っても買っても当たらない。あっしは落ち込んだ。
こういうのを病膏肓に入るという。もともと落語家が寄席で噺を演じてもらえるギャラというのは知れたものなので、たいていの人がそれ以外の収入を持っている。ブラック師匠の場合、テレビに出たりする代わりに、風俗ルポと映画評の原稿料をその副収入に充てていたわけである。ところが世の中が不景気になり、風俗ルポの仕事が回ってこなくなると(映画評は、歯に衣着せずに本当のことを書いていたらいつの間にか干された)、いわゆる運転資金が無くなってくる。元手がなくなると博打にも余裕がなくなる。つまり、勝てなくなるのである。こうして悪循環が始まり、雪だるま式に師匠の借金は増えていった。
『借金2000万円返済記』は、ブラック師匠借金苦の顛末を克明に記したドキュメンタリーだ。現在進行中で同じような金の苦しみを抱えている人にとっては、いたたまれない気持ちになる箇所があるかもしれない。
なにしろ師匠は、にっちもさっちもいかなくなると弟子にまで借金をする。これには説明が必要で、師匠の属していた落語立川流には、真打(東京の落語家は前座、二つ目、真打と出世して一人前の看板になる)になるまでに三百万円を師匠に上納金として納めるというルールがある。その三百万円を百万円に減じる代わりに、前倒しで払えというわけだ。師匠はこの手法を、全日本女子プロレスの関係者に聞いた話から思いついた。全日本女子プロレスは、一九九七年に実質上の倒産をしたのだが、一時は所属のレスラーにサラ金で借金をさせて運転資金として使うということをしていたそうである。その結果会社は解散し、おまけに当時の社長だった松永国松氏は自殺してしまったのだから縁起でもない。そんな会社のノウハウを学ぶこと自体が間違いなのである。困り果てたブラック師匠はいわゆる闇金にまで手を出してしまい、それが元に妻から離婚を求められる。しかも、そうした状況が家元である立川談志の知るところとなり、二〇〇五年に立川流を除名になったのである。
まさにどん底。一時は自殺すら考えたという。ところが――。
――ギャンブル人生に疲れ果て、死を決意したあっしを客観的に見ているあっしがいる。客観のあっしは、主観のあっしを面白がっている。
「こいつ博打に来るって大損こいて、借金で首が回らなくなり、ニッチもサッチもいかなくなって死のうとしてやがら。まるで落語の登場人物と一緒じゃーねーか」
そんな声が聞こえてきた。そうだ、今のあっしはまるで落語の登場人物そのものだ。(中略)「金が無いのは首が無いのと同じだ」とぼやき、「いっそ死んじゃおうか」と言いながらも、彼等は死を選択せずに生きてきた。今のあっしなら、実にリアルに彼等を描けるんじゃないか。道に迷って真っ暗な道を進んできたが、この道は名人への近道だったんじゃあないか」
沈んで、沈んで、沈みきって底に足が着いたのである。ぽんと底を蹴ったら、人生が浮上を始めた。そこからのブラック師匠は完全に開き直り、妻子に去られた侘び住まいを気まま暮らしと喜ぶほどの心の余裕さえ生まれた。借金返済のビジョンも、自らの高座をCD化して売った金で賄おうという算段ができた。
ところが、である。運命が上向きになる兆しがようやく見えたその矢先、新たな不幸が師匠を見舞うのだ。二〇〇五年十月二十一日、TBSラジオで唐沢俊一氏がパーソナリティを務める番組にゲストとして出演した師匠は、生放送の直後に倒れ、病院に運ばれる。病名は大動脈乖離。血管が裂けてしまう病気である。年間五千人が発病し、不帰の客となってしまう人も多いという。病院まで立ち会った唐沢氏によれば「(執刀医の手術に関する)説明がチャート式になっているんだけど、ここでこの血管が詰まった場合は、こうやってこうなったら〈死〉、ここにバイパスを通しますが、もしここがうまくいかなかったら〈死〉、ここをこうやっているうちに血圧が急上昇したら〈死〉。もう、やたら難易度の高いアドベンチャーゲームみたい(笑)」という具合に、師匠の場合も死の可能性は限りなく高かったようなのだ。
死の影に覆われた手術室へと運ばれていくブラック師匠。苦しい息の下で思ったのは、「もし死ぬんなら、最後に一発笑いを取らなきゃあ死んでも死にきれない」という思いだった。そして、手術用のベッドに移された師匠は、医者に「着ているものを脱がさせていただきます」と言われ、こう返すのである。
「イヤーン、エッチ」
幸いにして手術は成功し、師匠は生還したが、もしそこで落命していたら「イヤーン、エッチ」が末期の言葉となり、伝説を遺していただろう。芸人の了見とはそういうものである。博打狂いや野放図な生活をすべて肯定するのは間違いだが、こうしてどん底の底まで降りていった者だけが到達できる境地というものは確かにある。海に落ちて溺れそうになったら、もがいて水を飲んで窒息してしまうよりも、むしろ沈むままに任せたほうがいいことだってあるのだ。沈んで沈んで、沈みきったらいつか底に足がつく。そこでぽんと蹴れば、体は自然に浮かびあがるのだから。
この原稿を読んで快楽亭ブラックの噺を聞いてみたくなった人は、とりあえずCD大全集を買ってみるといいと思う。というか、その売り上げが師匠の借金返済に充てられるのだから、買ってあげて。師匠は健在である。離婚と除名の元になった競馬も、ブログを見た限りではまったく止める気配はない。「BREAK MAX」二〇〇六年三月号で吉田豪氏のインタビューに答えてブラック師匠はこう話している。
――反省して真面目になったら、私の大っ嫌いな人情話になっちゃうからね。人情話をぶち壊すのだけが快感なのに。別れる前、女房にも「あなたうまいんだから人情話やってちょうだい」って言われたんだけど、「冗談じゃない!」って(笑)。
(本書のお買い得度)
本書の刊行は二〇〇六年四月。私は発売後、すぐに購入して読んだ。実は本書には続篇が予定されていて、版元であるブックマン社のホームページで借金完済までの道を連載するはずであった。しかい、現在同社のサイトから師匠の名前は消えている。ブックマン社に、芸人蔑視の姿勢があるとしてブラック師匠が激怒し、同社との絶縁を表明したからだ。本書の題名も、師匠の意思を無視して編集者がつけたものだという。なにしろ借金は「返済」しきれてないのである。それをするのはこれからで「借金2000万円返済記」の「序」にすぎないのだ。師匠いわく「「まだ返済してないのにこんな本出しやがって!」と債権者から責められるのはあっしなのだ」。ごもっとも。
そんなわけで、師匠の愛が尽きた本を紹介するのもどうかと一時は考えた。洋泉社から『快楽亭ブラックの放送禁止落語大全』二巻が出ており、それを紹介するという選択肢もあった(ちなみにCDつき。これもお得な本だ)。しかし、作者や版元の思いを別にしても、本書が素晴らしい一冊であることに変わりはない。笑えるし、どん底に沈む人の気持ちを奮い立たせる魅力がある。師匠には申し訳ないが、絶縁したブックマン社の方を読者にはお薦めしようと思った次第である。快楽亭ブラック・エイドの一環と思って、みなさん買ってね。
一部報道でご存じの方もいらっしゃると思うが、ブラック師匠は二〇〇七年の統一地方選挙で、某市民団体に担がれる形で東京都渋谷区の区長選に出馬を表明した。だが、その団体の代表のスキャンダルが週刊誌で報道され、立候補を辞退したのである。師匠のためには良かったと思う。噂によれば、代表氏は師匠を名誉毀損などで訴えようとしているという。訴えられれば、借金、除名、離婚、大病に続く、さらなる苦難が師匠を襲うことになる。その大波をどうやって乗り越えるか。いや、師匠なら乗り越えてくれることでしょう。
ちなみに、ブラック師匠の代わりに同団体がかついだみこしは宅八郎氏だった。その尻馬に乗る形で、代表氏も立候補した。結果は二人とも落選。宅氏は五千票余、代表氏は九百票余の得票数だったそうである。そんな無駄票を投じてしまった渋谷区のみなさん、本書を読んで、もしも快楽亭ブラックが区長だったら、と思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
初出:「ゲッツ板谷web」2007年5月3日