杉江松恋不善閑居 私はたぶん火宅の人にはなれない

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×2。イレギュラー原稿×1(調整待ち)、ProjectTY書き下ろし。下読み×1。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

書き下ろしはまた原稿用紙10枚分くらい。遅々として進まぬようであり、一日の分量としてはこんなものか、という気持ちもあり。ここで焦っても仕方ないので粛々と進めることにする。ちょっとした思い付きで先のほうの一章だけ書いてみて、編集者に送る。夜遅く、この方向でいいのではないか、という返事があって安心した。なんとかなる気がしてくる。

週末になり、商業原稿が溜まってしまったので明日はそれを片付けてから書き下ろしということになりそうだ。夜に行きたい落語会があったのだが諦めて家に籠る。進捗率はちょうど40.00%。

午前中に少々気持ちの揺れることがあって、それを引きずってしまったのが本日不振であった原因である。幹の部分が確保できないと私の場合はなかなか原稿が書けない。家庭争議などあったらもっての他で、円満であるにこしたことはない。昔の小説家を見ると、火宅の中でじっと書き続けている人がいて、感心というか、呆れてしまう。図太いにもほどがあるというものだ。妻と愛人が横からがんがん文句を言ってくる中でよく小説が書けたものだと思う。それも耳を塞いでしまえばなんとかなる時代だったからできたことで、SNS全盛の現代では難しいのではないか。ついついLINEに返信とかしてしまって、小説は書けなくなるのではないか。

話は前後するが、午前中には東京古書会館にも行ったのだった。城南古書展を覗きに行ったのだった。そうだったそうだった。目録を見て申し込んだ本があったのだが、外れていた。手頃な値段だったので残念だ。その代わりに浪曲資料も含めてちょっとだけ買い物をした。ほんのちょっとだけ。中学生のお小遣い程度である。もしかすると原稿があまり書けなかったのは動揺していたからではなく、午前中に古本を買いに行ってしまったからかもしれない。

浪曲は蘇る:玉川福太郎と伝統話芸の栄枯盛衰

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