チミの犠牲はムダにしない! その12『100%ぶっちぎり体脂肪!』腹肉ツヤ子

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

 ゲッツ板谷さんのWEBでは私もミステリーという要素を封印して原稿を書いていた。なので、こういう風な引き文句から始まる回があるのである。後に腹肉ツヤ子氏はミステリマガジンで連載を始めることになる。イラストワンポイントの起用かと思っていたのでびっくりした。びっくりといえば最後についている「お詫びと予告」にも驚いた。そんなことしていたのか、私。

===============================

杉江松恋のチミの犠牲はムダにしない!

第12回「100%ぶっちぎり体脂肪!」腹肉ツヤ子(角川書店)

このサイトを見ている人のほとんどが手にしたこともないだろうけど、私は早川書房の「ミステリマガジン」という雑誌で書評をやっている。私の本職はミステリー書評家なのだ(知ってた?)。これも何かの縁だから、今店頭に並んでいる「ミステリマガジン」最新号を読んでちょうだい。特集は「執事とメイドは見た!」だ。もちろん市原悦子の〈家政婦は見た!〉シリーズにかけています。なにしろ特集記事を書いているのはこの私ですから(宣伝)。読んでちょ。ね、ね、買って読んでちょ!

これは自慢なのだが、私の書いているページに入っている一コマ漫画は、「あの」腹肉ツヤ子先生の作品である。こりゃ光栄だ。え、腹肉先生を知らない? では腹肉ツヤ子先生の『100%ぶっちぎり体脂肪!』を読むといいんだナ! ちなみにこの本は私が昨年読んでもっとも笑った本の女性著者版一位である(男性著者版一位は、次回の更新で明らかにされるであろう)。

『100%ぶっちぎり体脂肪!』は、腹肉先生のブログを加筆修正してまとめた本である(元のブログ「艶毛」は停止中で、現在は「肉キャット」が稼働中。ちなみに、このページではブログを元にした本はなるべく扱わないことにしている。今回は特例!)。腹肉先生は今売り出し中の漫画家兼イラストレーターだ。実は昔、別名義で少女漫画誌「なかよし」に連載を持っていたこともあるという。その連載が終わった後、腹肉先生はアルバイトに明け暮れる日々を送っていた。それがある日、自室で寝ている間に変質者に侵入されたことがきっかけで上京を決意することになる。変質者(寝ている女性の衣服の尻だけをカッターナイフで切り裂いていくというナイスガイ)に背中を押されたわけですな。

本書は、上京した腹肉先生が再び漫画家への道を歩み始め、ついには再デビューを果たすまでを綴った記録なのである。でも、書かれていることのほとんどは東京におけるアルバイト生活だ。したがって、この本は「ライターとかイラストレーターとか、とにかくクリエイティヴな仕事をしてみたい」人の教科書にはならない。あと、「自分の中に眠っている、自分でもまだ気づいていない本当の自分を知りたい」というような願望を持つ読者にもお薦めできない。腹肉先生もある時期デザインの学校に行っていたのだが、その理由は「生産性のひとかけらもない自己満足の甘酸っぱさに、ざぶざぶざぶざぶ溺れてみたいナ!」というどす黒いものである。「アコムで借金しなくても通える学校がありますように!」とまで言い放つから、「ケイコとマナブ」愛読者や、恵比寿あたりの専門学校に通って将来は自分のカフェを、なんてビジョンを描いているドリーマーからは石でも投げられそうだ。しかも絵の学校に通いつつ、先生はヌードデッサンに「のみ」熱中するのである。というか、他のカリキュラムもあったとは思うが、先生の記した文章からは裸がどっさり見られてウハー! という感想しか読み取ることができないのだ。

「今日のデルモ子ちゃん、うつむせポーズになるときに貝が何度もはみ出ておののいた! 海女が見てなくて、マジよかったネ!

こそいで持ってかれちゃうから、ちょう気をつけて!」(腹肉先生・談)

日記を読んでいる限り、腹肉先生はほとんどバイトしかしていない。でも巻末では編集者から声がかかり、見事にデビューを果たすのである。つまり、本当に才能がある人なら夢がかなうこともあるということですね、先生。これこれ次郎君、わざわざ「本当に才能がある人」なんていやな限定条件をつけるんじゃありません。まあ、他人のための教科書にはならないが、人生を前向きに生きるためにはどうしたらいいかという手引き書ぐらいにはなるかもしれないね。先生それは「夢を見るだけなら誰でもできる」ってことですか。いや、だからさ……。

それはさておき。あとがきを見ると、お好み焼き屋に始まってテレビ局バイト(「徹子の部屋」の裏方だったらしい)に至る腹肉先生の華麗なアルバイト歴がわかるのだけど、そのうちの事務→出会い系サイト→ナンパ部屋→健康ランド→清掃業→着ぐるみ→家政婦→テレビ局という終盤が本書では語られているわけだ。上記の「執事とメイドは見た!」の特集で腹肉先生は、家政婦業時代の体験を漫画にしている。

腹肉先生を家政婦として雇ったのは、銀座歴二十五年のクラブ経営者だ。通称マダム。マダムはひとり息子のヘボ吉(腹肉先生命名。当時十五歳)を溺愛していて、ヘボ吉を広大な地下室で飼って、いや養っているのである。なにしろヘボ吉のおねだりとあれば、二十万払って包茎手術させるくらいなんでもないのだ。

ツヤ子の月収、余裕でちんぽの皮に負けたヨ!」(腹肉先生・談)

改造手術で自信をつけたヘボ吉と腹肉先生の間で森薫『エマ』ばりの身分差恋愛が進展でもするかと思いきや、ガラスのハートのヘボ吉は「家の中に他人がいるとすげえストレス溜まるんだけど」と我を張り、当然ながらマダムにその主張は受け入れられる。なんと腹肉先生は、ヘボ吉の視界に入ることを厳禁されるのだ。お仕事中にヘボ吉が出現すると、お座敷犬専用部屋への退避を義務づけられる。犬並み、というか犬以下の扱いだ。マダムにはこの他にも、台風の日にわざわざ呼び出され「ブロッコリーと里芋とみかんと『月刊ウォーキングマガジン』」を買いに行かされるといった暖かい待遇を受けるのであった。

「今日はマダムの命令で、里芋の皮をガン剥きしたの。

えっとこの里芋、こないだの土曜日だっけ、はっちゃける台風の中、ツヤ子がわざわざ歩いて買いに行った里芋だネ! 強風に煽られて傘ぺたひっくり返しながら、提げて帰った里芋だネ! 今日まで冷蔵庫の中でおりこうにしてたってわけだネ! 最高!

ツヤ子の命は里芋よりもうんと軽いヨ!」(腹肉先生・談)

家政婦業以外では、前半で語られている胡散臭い風俗業アルバイトの話も興味深い。出会い系サイトでのバイトというのはつまり「サクラ」。つまり男性の有料会員を一般会員のフリをして出迎えてメール交際に持ち込み、なんだかんだ言って会うのを引き伸ばしては、相手に会費を散財させるわけである(ご存じのとおり出会い系サイトでは、男性会員はメールのやりとりをするのも金がかかる)。

続くナンパ部屋でのバイトも同じ。サイトが現実世界のお部屋に変わっただけで、お金を出して入室してくる男性と楽しくおしゃべりをしながら、なんだかんだ一緒に外出するのを引き伸ばしては、相手に会費を散財させるわけである。ここで腹肉先生は衝撃の出会いをする。なんと客の一人(三十五歳、ガテン系)に告白され、付き合ってしまうのである。それも、その客が水木しげると同じしげるという名前で、水木しげるのサインを持っているという理由で。腹肉先生、それはいくらなんでもいろんなところがゆるすぎです!

ゲゲル君(腹肉先生命名)は、トレカ収集が趣味という熱血漢で、先生をボーリングに誘えば「俺が勝ったら、カップル喫茶ねっ!」(ちょう真顔で)と言い垂れる直球勝負の人なのである。しかも「なんと頼んでもないのに、勝手にアニメイトにまで連れてってくれる男前ぶり!」だし、カラオケに行けば「「タッチ、タッチ、ここにタッチ!」と、さわやか甲子園胸キュン恋愛アニメ歌い流しながらさわやかにツヤ子の乳をわし掴むそぶりをしてみたり」する振り切れぶりだ。これなら腹肉先生ならずとも、「ゲーさんの爆竜戦隊アバレンジャー、ツヤ子の中ではすでにすっぱり最終回迎えてるから! 踊るチンポコリンされても、はなはだ困っちゃう!」と言いたくなるものである。

本書のもう一つの読みどころは、こうした男運の悪い出遭いだろう。上記のゲゲル君を筆頭に、腹肉先生に寄ってくるのは個性的なピュア・エンジェルばかり。

電車の中で出会ったスリランカ男性には突如「ミックス(混血)はカワイイよね……」と国境を超えた子作りを迫られるし。

「ミックスとか、生々しい! 何と何を混ぜる気カナ!」(腹肉先生・談)

ヒゲのおいたん(63)には、温泉をだしに日光まで連れ出され、個室露天風呂のある部屋でベッド一つにまくら二つという窮地に追いこまれるし。

「ツヤ子、全神経を尖らせてこの奇々怪々なチンポコの動きにドキドキしているの!」(腹肉先生・談)

そのたびに読者は手に汗を握らされる。もっとも腹肉先生はどの男女関係にもサバサバしたもので、決して後を引きずらない。自分の人生イコール恋愛、みたいな単純な図式は、腹肉先生の上では成立しないのである。恋愛に入れこんで、別れるだの裏切り者だのあたしの人生はこれで台無しだの奥さんに言いつけるだの大騒ぎせずにはいられないガールズは、もしかすると先生の生き方からヒントを得ることができるかもしれない。

「きょう今年初めて燃えないゴミを処分してみたネ! ちょうスッキリ!

あと彼氏のしとも処分してみまちた! グッバイ、ゲゲルくん! ぎゃはー☆」(腹肉先生・談)

惜別の言葉は「腹にしたたる肉の壁も、サッと捨てたりできたらいいのにナ」でした。

「うれしくて母乳も出そうな勢いだネ!」「暖かな冬のクリスマス。恋人たちに、総員めんちょが出来ますように!」「もう、まん○なんか縫う!」などと素敵な愛のメッセージがあちこちに散りばめられた本書、ここまで見てきたとおり腹肉先生をめぐる環境は決して優しいものではないが、先生は絶対に前向きな姿勢を失わないのである。ミス前向き、歩くポジティヴ・シンキング、ちょっとお茶目な頑張り屋さん! ブログで確認したところ、なんと先生は某ビューティ・サロンのダイエット・コンテストに出場して、入賞までしてしまったようなのである。どこまで前向きなんだよ! しかしその賞が「ユーモア賞」というのは、どうなのか。ハロープロジェクトに入って、つんく!ではなくてはたけに預けられてしまうようなものか。

とにかく腹肉先生の今後からは目が離せないのだ!(とってつけたように)

(本書のお買い得度)

ダイエット・コンテストに出ると、使用前/使用後の前の方の目方まで公開されちゃうのが痛し痒しだよねー(じっとりと湿った手の平で背脂のあたりを揉みながら)。腹肉先生の「ときめき☆肉日誌」では、そのコンテストにおける先生の活動記録が読める模様だ。スリムドカン80g(5250円也)を買って飲むぐらいなら『100%ぶっちぎり体脂肪!』を読んでがんばれ。

最後になりましたが、これまで半年以上更新をサボってしまってすいませんでした。自分に反省させるためと、ゲッツ板谷web読者のみなさまへのお詫びをかねて、四月は特別強化習慣とさせていただきます。なんと四月一日から二十七日までの間、三日に一本のペースで更新! 全部読んでいただいた方には最後に抽選で素敵なプレゼントもある予定。そんなこと言って、やれんのかーっ(アントニオ猪木調に)。

初出:「ゲッツ板谷web」2007年4月1日

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存