杉江松恋不善閑居 日本推理作家協会賞選考会のこと

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某月某日

昨日は日本推理作家協会賞の選考会だった。『日本の犯罪小説』(光文社)で評論部門の候補になっており、同時に翻訳部門の選考委員でもある。

選考会は14時からなのだが、万が一受賞したときのことを考えて早めに最寄り駅に着き、会場前にある床屋で散髪した。といっても私の場合はいちばん短い刃のバリカンで坊主にしてもらうだけなのだが。

会場には三つ部屋が並んでいて、いちばん左が翻訳部門、真ん中が短編部門と評論部門で、右が長編及び連作短編集部門である。すぐに顔ぶれがそろい、評論部門の選考が始まった。

候補作は5つ。少しずつ議論を重ねて作品数を絞っていき、最終的に二作の対決という形になった。結果、受賞が決まったのはスティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』(白石朗訳。文藝春秋)である。

自分の選考に集中していたため、隣室の様子は本当に気にならなかった。翻訳部門の選考を終えてしばらくしてから動きがあり、まず短編部門の選考が終わったことがわかる。

ご存じない方のために書いておくと、日本推理作家協会賞には上に書いた4部門がある。翻訳部門は新設で、2年間の試行期間を経て本年度から正式に開始された。だから『ビリー・サマーズ』が第1回の受賞作ということになる。この部門については翻訳ミステリーの選考ができる人材が限られているということもあり、創設のために働いた委員会メンバーがそのまま選考委員を務めている。協会賞の選考委員はすでに受賞済の人が就くという内規があるのだが、例外的措置なのである。

協会賞を受賞していないけど協会賞の選考委員をしている、という状況は翻訳部門だけの特別な事態なのだ。そして私は自分の選考を終えて自分の当落を告げられるのを待っている。

翻訳部門の選考がもう少し長引けばよかったのに、と思った。選考に没頭していれば、自分の当落を考えずに済む。かといってだらだらと引き延ばしていいわけはないし、などと考えながら他の選考委員の方と雑談をしている。

選考委員が自分の当落を気にしながら待っているという不思議な状況。翻訳部門の選考が長引いたときのことを考えて、事務局にはもし評論部門の結果が出たら、私はいいので近くで待機している担当編集者に伝えてくれるようにお願いしてあった。長引かせてはかわいそうだ。でも、これなら自分で連絡できるな、と思いながら待っている。

かなり時間が経ったような気がする。18時から祝賀会が始まるのに、もう17時を回っている。自分はいいけど、遠方に住んでいる人が受賞したら間に合わないんじゃないか、などと思う。自分は今まさに選考会の会場にいるから絶対間に合うんだけど。

賞の候補になると待ち会というものをする場合がある。緊張に耐えきれないから他の人と駄弁って過ごすわけである。だが、落選したらその後はいたたまれない雰囲気になるだろう。それは嫌だな、と思った。

以前に日本推理作家協会賞候補になったときは、東京創元社のFさんと二人で待った。落ちたことが決まった後で食事に行ったのだが、やはりあまりおいしくは感じられなかった。それはそうだろう。だから待ち会もいいけど、一人で待機していたほうが私はいい。

と言いつつ、選考会場で待っているんだけど。

こんなに選考会場に近い場所で結果を待っている候補者というのは、日本推理作家協会史上初めてなんではないだろうか、などと考える。

そういえば前回落選したときは、ハードコアチョコレートのTシャツを着ていた。ツインテールのTシャツである。落選が決まったとき、しまった、と思った。ツインテールはグドンに食われるじゃないか。グドンも持っていたんだから、せっかくならそっちを着てくればよかった。

その反省を活かして、今回は同じコアチョコでも中村主水Tシャツを着てきた。主水は強いぞ。岸田森だって何度も斬っているしな。グドンだって斬るかもしれない。

それにしても。

扉が開いて、貫井徳郎代表理事が入ってきた。

おめでとうございます、と言われる。

ああ、やはり。中村主水の勝ちだった。

そんなわけで、日本推理作家協会賞評論部門を受賞しました。応援いただいたみなさま、ありがとうございます。『日本の犯罪小説』を世に問う機会をいただけたことを感謝します。この結果に増長せず、研鑽を重ねてまいりたいと思います。

変わらぬご愛顧と、ご指導ご鞭撻の程をお願い申し上げます。

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