杉江松恋 茅ヶ崎「古書 書肆楠の木」

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某月某日

(承前)

青春18きっぷを使って静岡県富士市の渡井書店に12年ぶりに行った帰路のこと。

列車に揺られていてふと気づいたのだけど、神奈川県内の東海道線沿いにもしばらく行ってない古本屋がいくつかある。たとえば辻堂駅の古本つじ堂などは、前回いつ行っただろうか。平塚の萬葉堂書店のように、ご無沙汰しているうちにいつのまにか閉店してしまったところもあるではないか。今のうちに足を運んでおかなければ、きっと後悔するに違いない。

そんなわけで急遽予定を変更し、茅ヶ崎駅で下りたのであった。

茅ヶ崎駅の北側には最近になって話せるシェア本屋とまり木という店ができたのだが、今日の目的地はそこではない。駅を南口に出て、ひたすら東へ進む。こちら側には以前、洋行堂という古本屋があったのだが、しばらく前に店舗はなくなってしまった。今から行くところは、ネット上の情報によればその洋行堂の常連客が出した店なのだという。開いている時間が不規則なので、実は数えるほどしか中に入れたことがない。それでも駄目元で行ってみようと思った。

しばらく歩き、かなり駅から遠ざかったところで道の南側に店が見えてきた。灯りがついている。おお、やっている。古書楠の木である。

店頭の均一棚もなかなかに魚影が濃そうで気になるのだが、陽が落ちて結構暗くなっているのでとりあえず中に入る。店内は中央を棚で仕切った振り分けタイプである。大きく分けて右側の壁は岩波など文庫、左側の壁は文学・文芸書で、中央に和洋の歴史や美術書を中心にした人文科学書が置かれている。非常に密度が高く、ありきたりな大学教科書などはあまりなくて、専門性の高い本が置かれている印象だ。

それはいいのだがこの古書鵜の木、掘りがいがあるというか棚のカテゴライズが今一つ曖昧で、意外なところにお宝が転がっていたりする。時間があれば積まれた本も引っくり返してみたいところなのだが、あいにくと閉店時間が迫っていた。買える本は何冊もありそうだが、逆にそれゆえに悩んでしまうのである。

棚の間をうろうろしていると、扉が開いて年配の男性が入ってきた。ご主人とは顔馴染みらしくて、すぐに相談が始まる。どうやら、どこかの大学の先生にまとまった資料を買ってもらうというようなお話らしい。興味深いのだが、部外者が聞いているのは憚られるものがある。ここはまた日を改めようと思い、小さく礼を言って表に出た。

茅ヶ崎駅へ向かう道すがら気が付いたのだが入ってきた男性、あれは洋行堂のご主人だったような。記憶がおぼろげなのであまり自信がないが、何度かお見かけしたことがある面影だったように思う。そうだったらいいのだけど、まだお元気でいてもらいたい、などと考えながら暗い道を歩いた。

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