杉江の読書 『ムーミン谷の冬』(講談社青い鳥文庫)

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 トーヴェ・ヤンソンが1957年に発表した『ムーミン谷の冬』は、ムーミントロールと世界との対話を描いた作品である。ムーミンたちは通常、十一月から四月までを冬眠して過ごす。コミックス『ムーミン谷のクリスマス』のように一家が揃って冬眠しそこなう話もあるのだが、本書ではムーミントロールだけが目覚めてしまう。そして春まで一人で過ごすことになるのだ。

すべてが初めて尽くしである。少年はそれまで雪が降るところを見たことがなかった。冬の季節に眠らずに活動している人々の存在を知らなかった。そして何よりも、ママに守ってもらわずに一人で他人と接したこともなかった。家の流しの下で暮らす小動物と話したときは、言葉が通じなかったために相手を怒らせてしまう。そんなつもりはなかったのに、と嘆くムーミントロールは、そのとき初めて、自分が属さない他者の世界が存在することを知ったのである。さらに本書では、このシリーズでは初の具体的な死も描かれる。

冬の間に起きた事件で谷には飢餓が広まり、住民たちが食糧のあるムーミン屋敷へと集まってくる。そんな非常事態にも対処しなければならないが、いちばん大変なのはスキー好きのヘムレンさんが来てしまったことである。他の人間にもスキーを無理強いするヘムレンさんのために起こる騒動が物語後半の目玉だ。ムーミントロール同様冬眠をしそこなったミイは、少年とは裏腹に冬に順応し、スキー板を履いてゲレンデを滑りまくる。本書の雪と氷の自然描写は美しく、陰鬱な風景は春の兆しと共に変化していく。それはおそらくムーミントロールの心の成長と軌を一にしているのだ。物語の終わり、ある決定的な出来事によって冬は終わり、疾走するような勢いで新しい季節がやってくる。もちろん、号令をかけるのは常に元気なミイである。

――それからミイは、ムーミントロールの耳をしっかりつかんで、さけびました。

「ぜんたい、海岸へむかってすすめ!」(山室静訳)

(800字書評)

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