杉江松恋不善閑居 静岡市清水区東光寺「柳家かゑる怪談噺の会」

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×4。イレギュラー原稿×2(解説×2)。

やらなければならないこと。下読み×1。の・ようなものの準備×1。

午後四時、JR清水駅前に到着する。ここから坦垣車庫行きというバスに乗って国道一号線を興津駅方面に遡る。五つ目の停留所に目指す東光寺があるのだ。

降り立ってみると、そこはなんとなく見覚えのある景色だった。それもそのはずで、東海道ウォークで最低でも二度は通っている。お寺の門から入って本堂に声をかけると、女性が出てきてくれた。「柳家かゑるさんの落語会はここですか」と訊ねると、そうだ、との答えである。

柳家かゑるさんは落語協会に属する二ツ目の落語家だ。六代目柳家小さん門下で真打昇進も近いが、今年になって一念発起し、おもしろいことを始めた。本州をオートバイで周り、行く先々で落語会をする。夏だから怪談、聴かせる相手はその土地土地のこどもたちだ。それまで落語を聴いたことのない土地とこどもたちに初めてを体験してもらおうという挑戦である。実行にはもちろん手間とお金がかかる。クラウドファンディングでそれを集めるということで話題になった。期間は夏休みの一月半。出発前には池袋演芸場で壮行の落語会が開かれた。私は仕事があって、行けなかった。同じ池袋で講師をしていたのである。かゑるさんとはおもしろい縁があって面識がある。なのに何もできなかったので気になっていたのだ。本州を周るルートのどこかで落語会に行こうと思っていた。なかなか予定がつけられず、なんとかこの清水・東光寺で追いつけたのだ。ゴールは近い。間に合ってよかった。

支度中のかゑるさんとばったり会ったので挨拶をする。見ればシャツから突き出した腕がこんがりと日焼けしている。落語家に日焼けは禁物だろうが、こればかりは仕方ない。期待してますよと言って客席に戻った。

会場は本堂である。そこにぱらぱらと人が集まってきて、あっという間に満席になった。会が始まる前に副住職が、せっかくだから最初にご本尊にお参りをして般若心経を唱えましょうと言う。唱えられる方はご一緒に、わからない方は手を合わせてください。そう言いながら読経が始まったが、大人の客はほぼ全員唱えられて驚いた。きっといつもお寺に来ている檀家の人なんだろうな。

それが終わってかゑるさんが登場。最初は落語とは何か、どういう演芸で、どんな笑いがあるのか、ということを説明する。もっとも短い笑いには駄洒落というものがあって、と会場のこどもたちに駄洒落を考えてもらう。高校生が三人いて、それがけっこう入り組んだ駄洒落を言う。かゑるさんがいじるとわっと湧いて会場が暖まる。いいぞ。

そこから前座噺に入った。毎回前座噺一席と怪談噺一席の組み合わせなのだという。何を演じるかな、と思っていたら「転失気」だった。お寺の噺で、住職がからかわれる内容である。なるほど、そうきたか。仲入りが入って、今度は怪談噺が始まる。こどもの中には怖がってお母さんの膝の上に逃げる者もある。始まったのは「幽霊の辻」だ。おおっ、と思う。この話、手紙を届けに堀越村に行く男がさんざん怖い話をされる、という内容なのだが、中に「水子池」だの「娘が宿場女郎に売られそうになって」だの、なかなか生臭い単語が出てくるのだ。こどもはともかく親御さんの反応はどうかな、と思って見ていたがよく笑っていた。言葉を変えて脱臭した噺を聴かせるぐらいなら、そのままぶつけたほうがいい。かゑるさんの作戦勝ちだと思う。サゲを言っておしまい。わっと受けた。

お客様の帰りをかゑるさんが見送る。黄色い洗面器を持っているのは、投げ銭を受け取るためだ。

「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私今バイクで旅をしておりまして。チャリンという硬貨はなんといいますか、荷物になるんですよね」

できればお札にしてくれ、という謎かけだ。私もそれに応えて外に出た。まだ夜に成りきっていない清水の街。ここから静岡駅前まで戻らなければいけない。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存