杉江松恋不善閑居 旧聞・天神橋三丁目「杉本梁江堂」

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×3。イレギュラー原稿×3(エッセイ、評論、文庫解説×1)、ProjectTY書き下ろし。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

午前中は仕事読書。午後一番で日本推理作家協会の理事会があり、リモートで参加した。そのあとで奮起して長い原稿を片付ける。4枚でいいと言われていたのだが、準備をして臨んだので結局8枚になった。送ったら時間切れ。2本は書けなかった。

1月に大阪に行ったときのことをもう少し書く。浪曲大会は真山隼人さんが病欠だったものの、なかなかの盛り上がりだった。座ったら偶然隣が放送作家の和田尚久さんだった。終演後、あれこれ雑談をして私は西成区の定宿へ。荷物を置いたら少々お出かけである。

向かうのは天神橋筋商店街だ。ここに未訪の古本屋がいくつかある。時間的に贅沢は言っていられないので一軒に的を絞った。古典芸能に強い杉本梁江堂である。梅田駅の阪急古書のまちにあるほうは何度も行ったことがあるのだが、天三の店舗には何度も振られてきた。閉店時刻が早いのだ。谷町線扇町駅で降りて、長い商店街をずっと下る。しばらく歩いて天牛書店天神橋店の前を過ぎると、斜め向かいにある。ビルの二階だ。商店街からは店の窓が見えるのだが、そこへ上がっていくシャッターが閉まっていたり、入ろうとしたら階段を下りてきた店主らしい人に、もう閉めますよ、と言われたり。これまで何度振られたかわからない。おそるおそる見ると、閉まっている様子は、ない。ようやくたどり着いたか。

階段を上る。ここは二つの古本屋が向かい合うような形になっている。残念ながらもう一軒のハナ書房はお休みだった。仕方ない。向かい側の杉本梁江堂は、おお、営業中だ。よかった。

扉を開けて中へ。細長い店内は中央の棚で半分に仕切られている。右側の壁には人文科学書があり、左側にはガラスのショーケース。そちらには刷り物などが展示されている。中央棚は民俗学やら歴史学やら文学やら楽しくて仕方のない本が詰まっているのだが、特に入口から見て左側だ。ここは落語をはじめとする古典芸能関係の宝庫である。上方落語について調べている人が見たら卒倒しそうな本がぎっしりと棚に詰まっている。眺めているだけで眼福なのだが、なにしろあまり時間がない。見落としてはなるまいぞ、と急いで、しかし入念に棚を調べる。杉本梁江堂なので買おうと思えばいくらでも買えてしまうが、ここは自重しなければならない。東京でも買える本は買わない。杉本梁江堂でなければ買えない本しか買わない。そう心に決めて、ハードルを高くして見ていると、やがて一冊の本が目に入った。『会員名簿 昭和62年度 日本演芸家連合』とある。うわっ、これこそ杉本梁江堂でしか買えない本ではないか。日本演芸家連合の会員に配布される住所録だ。なんでこんなものが出ているのかわからないが、1987年時点で誰がどの協会に所属しているか、その住所と電話番号まで記載がある。これは私が買わなければならない資料だろう。

値付けがされてなかったので帳場に持参しておそるおそる訊ねる。店主は何事か調べ始め、やがて値段を告げた。思っていた額の倍近かったが、買えなくはない。いや、買わなければならない。急いでお金を支払って本を受け取る。ついに杉本梁江堂で本を買った。

外に出てしみじみと喜びに浸る。杉本梁江堂に入れたというだけでもう元は取ったようなものである。ありがとう大阪。

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