杉江松恋不善閑居 浅草木馬亭三月定席千秋楽

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某月某日

今抱えている仕事。レギュラー原稿×6。イレギュラー原稿×4(調整待ち、エッセイ、文庫解説×2)、ProjectTY書き下ろし。下読み×1。

やらなければならないこと。主催する会の準備×1。

ずっと調整待ちだったイレギュラー原稿が急に動き始めて慌てる。人間なので、いきなり動けと言われても無理なのだ。レギュラー原稿を一本だけ書いて外出、浅草へ。浅草木馬亭三月公演千秋楽。

出世定九郎 三門綾・馬越ノリ子

吉良の仁吉 富士実子・水乃金魚

青龍刀権次召し捕りの巻 玉川太福・玉川鈴

秋色桜 花渡家ちとせ・馬越ノリ子

仲入り

開化鰻屋草紙(大西信行) 澤惠子・佐藤貴美江

はだしのゲン 神田香織

生きる悲哀 富士琴美・水乃金魚

お富与三郎稲荷堀(大西信行作) 澤孝子・佐藤貴美江

この日は「稲荷堀」に尽きるだろう。澤孝子で最も好きな外題かもしれない。世話になっている旦那の目を盗んで昔馴染みの与三郎とお富は密会を続ける。その与三郎が押し入れに潜んでいるとは知らずに二人の関係を旦那に告げ口した男を、与三郎は発作的に追いかけて刺し殺す。それを聞いたお富は少しも焦らず、で、とどめは刺したのかい、鯵切(包丁)はどうした、と冷静に訊ねるのだ。この男とどこまでも落ちていくと肚を括った女の凄みを感じさせる場面で、ここからのお富がとにかくいい。可愛らしいのに、とにかく怖いのである。血を思わせる真っ赤な夕日を前に立ち尽くすお富と与三郎を描き、二人の末路を垣間見せて幕が下りる。圧巻の一席。

次によかったのは「はだしのゲン」かもしれない。戦争にまつわるネタをやりたいということで中沢英治に頼んだところ「どんどんやってください。わしゃ昔から浪花節が大好きだったんじゃ」と勘違いされたままで許可が出たという。本来は1時間ある読物の前半、広島に原爆が落ちるまでを描く。非国民と呼ばれて逆境に追い詰められながらもたくましく生き、最後には家族の温かい絆を再確認したところで切れ場になるので、そのあとに原爆がすべてを薙ぎ払う残酷さが余計に際立つ。思わず涙腺が滲んだ一席だった。

「生きる悲哀」は大正から昭和初期にかけての大看板・東家楽燕の持ちネタで、実話に基づくものだという。継母に辛く当たられて非行に走りかけた少年を教師が抱きとめて更生させる。琴美はこの手の人情ものを多く持っている。今時浪曲だけでしか聴けない外題で貴重だし、人にも合っていると思う。

「開化鰻屋草紙」は落語の「鰻屋」を元にした外題だが、最後は人情話風に終わる。大西脚本の落語浪曲では最も出来がいいと思う。ストンと落とすべきところで美談にまとめようとすると、元の落語を知っている人間からするとどうしても蛇足に感じられてしまうのである。そこへ行くとこの外題は、殿様が鰻を掴んでいる場面で終わるのでキリもいい。

前半の外題で「吉良の仁吉」を聴いて感じたことを一つ。この外題は、清水一家の面々をあまり演じ分けないほうがいいのではないか。展開で人物はわかるので、そこまで個性的にやる必要はないと思う。特にこの外題の場合、初めはなんということのない思い付きだったものが後になって引っ込みのつかない事態になるというスリラーとしておもしろい展開なので、前半を濃くやりすぎると後半との対比が効かなくなってもったいない気がする。仁吉が肚を据えて喧嘩を覚悟する台詞がもっと際立つようにするには、タンタンタンと運んでいって、その部分だけガラリと変えるようにする、前半を薄めるのも一つの手なのではないだろうか。しろうと考えながら。

今月は七日間のうち五日足を運べた。来月はどうなりますことか。

帰宅すると大事な資料が届いていた。それを見ているうちに時間が過ぎてしまい、仕事があまり進まなかった。まあ、仕方ないのである。

浪曲は蘇る:玉川福太郎と伝統話芸の栄枯盛衰

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