翻訳ミステリーマストリード補遺(56/100) トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

======================================

 1980年代末のサイコ・スリラー・ブームを牽引した存在としてトマス・ハリスの名は犯罪小説史に刻み込まれています。選書に当たっては里程標的作品として『羊たちの沈黙』を推すべきかと考えましたが、前日譚である本書から入ったほうがより楽しみは増すであろうこと、捜査陣が犯人にたどりつき、追い詰めていくまでのプロットが秀抜であることなどから、あえて『レッド・ドラゴン』を選んだ次第です。もちろん『羊たちの沈黙』も読むべき作品であり、特にあるトリックに新しいバリエーションを付け加えたことでも評価されるべきです(国内の某人気作家が最初期に発表した長篇は『羊たちの沈黙』から想を得ています)。

 本書において犯人は比較的早くに顔を出すのですが、読者にはすでに判っている解答に捜査陣がたどりつくまでが遠く、その時間差がもどかしいのです。解答のための鍵が与えられてから結末までの一気呵成の速さ。個人としては疲弊しきった二人が、自身の上位にいるものに支配されるかのように動いていくというプロットも、警察小説としてはまだ珍しいものだったはずです。単純な善悪の対決ではなく、不可避の結末に向けてすべての登場人物が突き進んでいく悲劇の構図をこのジャンルに持ち込んだという点が『レッド・ドラゴン』の新しさでした。この革新性は、警察小説をいったん解体し、権力を手に入れた人間が自身の〈殺人のためのバッジ〉をいかに悪用するかの犯罪小説として再構築した、ジェイムズ・エルロイに匹敵します。

 本文中で加藤さんが『マークスの山』に言及しておられますが、私もこの二作には共通点があると思います。『マークスの山』の場合、連続殺人犯の内面と現実の間に齟齬があり、後半に至って別視点から彼が見ていたものが描写されたときに、急に世界が色褪せたように思われる場面があります。自身の世界で必死に生きる人間が、警察という現実の代行者と闘わなければならなくなる悲劇を描いた作品が『マークスの山』であり、その犯人像は『レッド・ドラゴン』に重なって見えます。

連続殺人犯対捜査官(あるいはプロファイラー)との対決図式は、トマス・ハリス以降に大流行しますが、その中には殺人犯の珍奇さを工夫することに意を尽くすあまり、グロテスクさのみが際立ってしまったものも少なくありません。そうした図式が陳腐化したところで現れたのがジェフリー・ディーヴァーであり、1980年代以降の連続殺人犯小説は彼とトマス・ハリスの座標にすべて位置すると私は考えるのですが、それはまた別のお話です。

『レッド・ドラゴン』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存