杉江松恋不善閑居 三島・山本両賞が決まった夜のこと

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某月某日

池袋コミュニティカレッジにて講師のお仕事。「ミステリーの書き方」と題したこの講座は、前にも書いたと思うが月二回開催している。第一・第三木曜日で、前者は書きたい作品のプロットを提出してもらって私が助言、翌月出てきた初稿にまた修正の相談をして第二稿といった具合に、三ヶ月で一本を完成させることを目標としている。第三木曜日にやっているのは、このサイクルにうまく乗っかることができないという人の相談窓口みたいなもので、リハビリのようなものである。いきなり大変な目標設定をしても達成できるわけがなく、途中で挫折すれば自信を失うのでさらに手が止まる。なので、最初から達成可能なラインはどこかを相談で決めて、私はその進捗管理をする。講師なんていうと偉そうに聞こえるが、相談窓口に座っている係員のようなものなので難しいことは何もしていない。

終わると三島賞・山本賞の結果が出ていた。三島賞は芥川受賞作の高山羽根子『首里の馬』が史上初の同時受賞の目があったが、宇佐美りん『かか』に決まる。この作品と文藝賞を同時受賞したのが芥川賞に輝いた遠野遥『破局』なのだから、河出書房新社はたいへんな鉱脈を二つも掘り当てたことになる。引きが強い。

池袋で一仕事した後でいつも寄る西口の三福に寄る。引き戸を開けて中に入ると、店員さんが「いらっしゃい、白(ホッピー)でしたっけ」と言ってくれた。いつもそれを頼むので覚えられていたのだ。

人にはいろいろな欲求がある。その中には有名になりたい、偉くなりたい、というものも含まれると思うのだが、私はそんなに顔を売りたくはないな。三福に行くと何も言わないうちに向こうから「白ですね」と言ってくれる。ここが上限でいい。それ以上は高望みのしすぎだ。行きつけの店が三つくらいあって、店員が自分の顔と好みを知ってくれている。私の考える幸せはそういうものだ。

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