杉江松恋不善閑居 浅草木馬亭6月公演二日目

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某月某日

本日も木馬亭へ。さすがに初日ほどの賑わいではなかったが、コロナ禍終焉まではこのくらいでちょうどいいのかもしれない。座席を一つおきにビニール紐でくくって、千鳥模様になるように工夫していた。お席亭の苦労が偲ばれる。

本日のお目当ては三門一門と、初めて三番目に上がる国本はる乃。

鳥追恋慕笠 三門綾・沢村美舟

慈母大蛇 東家実子・馬越ノリ子

若き日の大浦兼武 国本ハル乃・伊丹明

神田松 花渡家ちとせ・馬越ノリ子

仲入り

誓いの証文 港家小柳丸・沢村美舟

越の海 神田紅佳

老人と若者たち 富士琴美・伊丹明

男の花道 三門柳・沢村美舟

木馬亭の持ち時間は前読みが15分、次が25分で、三番目からが30分になる。はる乃さんはこの日初めて30分もらえたということを自分で話していた。大浦兼武は2月の国本武春トリビュートでもかけた読み物で、玉川太福さんもかけるが、青年兼武の朴訥としたところがよい。

三門節は非常に繊細で、高音部に入ったときに狭い谷間をくぐっていくような危うい節回しになる。ほかの一門にはないこの節を綾さんと柳さんで聴き比べである。「男の花道」は故・三門博演出で、三代目中村歌右衛門丈と蘭学医・土生玄碩との立場を超えた友情物語。玄碩の命を救うために歌右衛門が中村座の客に手をついてしばしの暇を乞うあたりが聞かせどころで、そのあとの時間を飛ばした演出もいい。

「老人と若者たち」は昭和の人情ものっぽいつくりだが、琴美さんのぴーんと張る節にしびれて聴いた。後で確認したら伊丹秀子がNHKで最後に演じた一席がこれだったとか。新聞記事になった実話を元にした美談で中川明徳作。

小柳丸さん「誓いの証文」は、節はいいのだが主人公喜三郎の立ち回りでいつも引っ掛かってしまう。おまえが最初から正直に話していたら丸く収まっていたんじゃ、と思うような話なのである。この日もひっかかったまま、釈然としないままで終わる。節はいいんだけど。

外に出て地球堂に急ぐも、この日も早じまいか、あるいは定休日かで中には入れず。どうも縁がない。帰りながらニュースを見ると感染者が30名を越したとかで東京アラートが出る出ないの騒ぎになっていた。贅沢は言わないので、木馬亭が毎日開催できるだけの平和が欲しい。

自分は浪曲を聴いていただけなのだが、いろいろなことが身辺であって気持ちがぐらぐら揺れた一日でもあった。ものすごく単純化して言うと、義理と人情を欠いた振る舞いを見てしまって嫌な気持ちになっていたのだが、まあ、これだけ書いても何がなんだかわからないと思う。それでいい。

こうした気持ちの根底にあるのは自分の甘えで、わざわざ口に出して言うことではないが、そのくらいはわかれよ、という思いがある。ただ、自分と他人とは別の人間なので、わからないほうが普通なのである。そして、なんでもかんでも学級会みたいに話し合えるような人間関係は、この年になると無くなる。話し合うにも時間と気力、時には金が必要になるのだ。一つ間違えば大きく人間関係を壊すことにもなる。それが嫌なら黙って思いをのみ込むしかない。個人の名前でやっている、フリーランスであるということはそうした物の言いづらさを我慢するのと同義でもあって、これに愚痴を言うのは甘えにすぎない、とつらつら考えるうちに結論に行きついてしまった。他人に不満を感じるのはおまえが甘えているからだ、強くないからだ、という当たり前の結論。まことにおもしろくないがそういうものである。せいぜい稼ごう、強くなろう、と自分に言い聞かせて寝る。

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