幽の書評vol.13 小沢章友『龍之介怪奇譚』

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龍之介怪奇譚

自己と世界に厳しく向き合った文豪の内面を描く

昭和二年七月二十四日、芥川龍之介は最後の小説「歯車」を遺し、服毒自殺を遂げた。背景は謎に包まれているが、芥川は生来病弱であり、加えて数年来は穏やかならぬ精神状態にあったと伝えられている。交友のあった内田百〓は、「あんまり暑いので、腹を立てて死んだのだらう」と、衰弱の果ての悶死という推測を彼らしい諧謔の言葉で綴った。

小沢章友『龍之介怪奇譚』は、その晩年の日々を描いた連作小説集である。高い理想を持つがゆえに現実に安住できず、煩悶と憔悴に心が蝕まれていくさまが、確かな質感をもって描かれていく。晩年の龍之介は王朝小説などの過去の作風に飽き足らず、新たな切り口によって自らの創造欲を表現しようとして、果たせずに彷徨った。おのれの中から噴出してくるものをなんとか文章という現実の形に留めようとし、激しく足掻いたのだ。

「酒虫」をはじめとする五篇は、彼が自身の作品が現実化したような怪事件と遭遇するという形式で綴られている。異変の正体は定かではないが、芥川の内部で解放されずに渦巻いているものが幻覚として噴出したものとも読める。幻想小説であると同時に、作家の内部を(芥川の得意とした寓話の形式で)描いた、主観小説でもあるのだ。最終話は「歯車」と題されている。本来は到達できるはずのない地点に到達した作家の心象風景を、空想の限りを尽くして小沢は描ききったのである。畏怖の念をもって読まれるべき一篇だ。

※ゲタ字は門に月

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