街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年1月・沼津「平松書店」小田原「高野書店」

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懐かしい高野書店と私。

5-4=1 さあ、どうしよう。

冬季の青春18きっぷである。五回分のうち、一つはいわき行で使った。残る四回は仙台行の往復を杉江松恋・若林踏の二人分で、というつもりだったのである。ところが前の記事でも書いたように、若林氏が仙台行の復路を放棄したため、一回分が浮いてしまったのだ。

使用期限は一月十日まで。

そして、今日がその一月十日である。つまり本日中にこれを使ってどこかに行かなければいけない。いけない、ということはないけどもったいない。そして、使うのであれば青春18きっぷ一回分に相当する金額、往復で2400円相当よりも遠い場所に日帰りで行きたい。

そんなことを考えているうちに候補は三つ浮かんだ。

その一、宇都宮。言わずと知れた餃子屋「香蘭」のある場所だ。香蘭に行って一皿250円の餃子を好きなだけ食べてくる。おお、素晴らしい。

その二、仙台行の帰りに拠りたかったつちうら古書倶楽部のある土浦。萬葉堂書店には劣るが、それでも魅力的な巨大古本屋である。これもいい。

その三、沼津。東海道本線のいいところは便が多いところ。さくっと行けて帰りの時間も気にせずに現地で遊んで来れる。そして沼津にはアレがある。

この三案を見当した。その一の弱点は、宇都宮にはめぼしい古本屋がないことだ。その二のつちうら古書倶楽部はいいのだが、2018年に二回行っていて新鮮味がない。ならばその三、沼津だろう。沼津には老舗・平松書店がある。平松書店には夏季の青春18きっぷ期間にも挑戦しているのだが、臨時なのか何なのか知らないがお休みに当たってしまい、店の前から引き返している。今こそ、あのやり直しをすべきときではないのか。

なんといっても思いがけず使えることになった青春18きっぷである。駄目でもともと。お金をかけて行って、やっぱり開いてませんでした、ではやりきれない。だが、使う予定がなかった青春18きっぷでの挑戦なら諦めもつくのではないか。そうだ、沼津だ。沼津行こう。

■若い娘さんに声をかけられる

というわけで正午過ぎ、私は自宅を出て沼津を目指した。こんな時間になってしまったのは、今日〆切(というより、今日入れないと穴が空く)原稿を書いていたからである。思っていたより乗ってしまい、時間がかかったのだ。横浜駅から東海道本線の熱海行きに乗る。東海道本線に乗るときはいつも一番前か後ろである。そこがボックスシートだからだ。今日は軽装だが、かばんの中には本が二冊入っている。両方とも書評用だ。こうやって電車に揺られているとき、書評家は本を読んでいれば仕事になるのがたいへんにありがたい。漫然と過ごしているわけではなく、これは仕事の時間でもあるのだ。サボりじゃないのだ。

そう思いながら窓の外を見る。根府川から先、線路は太平洋沿いを走る。本を読んでは顔を上げて海を見る。読んでは海を見る。そのくりかえしを幾度かしているうちに熱海駅に着いた。ここで浜松行きに乗り換えである。熱海から三つ目が目的地の沼津だ。

乗った車両はベンチシートだった。おとなしく座って本を読んでいると、横からの視線を感じた。顔を上げると、ちょっと間を置いて座っていた若い女性がじっと私を見ている。

なんだ、何か悪いことでもしただろうか。

ちょっと慌てて、なんでしょうか、という顔をして見せると、女性は眉をしかめた表情で座っているベンチシートの上を指した。

「何か、虫がいませんか」

虫。

たしかにいた。大きさは小指の先ぐらいだろうか。ゴキブリとかではなく甲虫の類に入る。一瞬カメムシかとも思ったが、違うようだ。冬のこの時期にどこから這い出してきたのだろうか。

それで女性の視線に合点がいった。ポケットを探るとチューインガムの包み紙が出てきたので、それで虫の進路を遮り、上に乗せようとした。うまくいかない。いったんは乗っかってくれるのだが、すぐ下りてしまうのである。当たり前か。女性がティッシュペーパーを取り出して、これを使ってください、と言った。受け取って、虫をつまむ。潰さないように気を付けて、指先だけにそっと力を入れた。

座席を立って、ドアの前に行く。列車はトンネルの中を進んでいるところだった。たしか、これを過ぎれば函南駅まではすぐのはずだ。女性がレジ袋を差し出してきたのだが、ドアを指さし、次で外に出しちゃいますから、と伝えた。

しかし、着かない。

思ったよりも函南まで遠かったのである。いまさら席に戻るのも気恥ずかしいので、虫を持ったまま立っている。早く着け、早く着けと何度か念じたら、やっとのことで駅が見えてきた。

ドアが開いたところで虫を外に放した。殺さずに済んでよかった、と安堵したところで、後ろから声をかけられた。

「ありがとうございました」

女性が下りて行ったのである。なんだ、函南までだったのか。だったら、別に虫は放置しても大丈夫だったのに。女性は虫と一緒の道中は嫌かもしれないが、私は平気なのである。

ドアが閉まり、列車はまた動き出す。

沼津駅・桃中軒のきつねそば。他にない甘い汁は慣れるとやみつきになる。桃中軒のオリジナルなのだ。

■またもや二択

店内に入れる日はくるのだろうか。

平松書店は休みであった。

虫を殺さずに済んだし、何かいいことがあるかも、と思ったが休みであった。虫、古本屋となんの関係もないしね。

見ればガラス戸に「定休日木曜」という紙が貼ってある。前回来たときも見たはずなのに、確かめろよ、私。

しかたない。定休日なんだから、文句のつけようもないだろう。確かめなかったほうが悪いのである。一応ここに来たという写真だけ撮って、平松書店を後にした。いつかまた挑戦することにしよう。

相変わらず沼津駅は「ラブライブ」推しであり、ポスター掲示だけではなくて、さまざまな企画が行われている。それを微笑ましく見ながら歩いていたら、とあるお店の前で足が止まった。着物などのリサイクル品を販売しているのだが、店頭に若干の本が置いてあるのだ。見れば百円均一で販売している。古本屋はお休みだったが、古本販売所は見つけることができた。これで沼津は帳尻が合ったことにした。

よく見ると本を売っている。

さて、次である。

選択肢は二つある。一つはこのまま東海道本線を下って一番近い古本屋に行くことである。となると吉原駅から私鉄の岳南電車・本吉原駅まで行ったところにある渡井書店か。何年か前、東海道歩きのときに寄った店だ。もう一つの選択肢は、進まずに引き返すことである。これも候補は絞られる。最有力なのは小田原の高野書店だ。以前小田原の近くまで来たとき、この店の存在を失念し通過してしまった。ちゃんと営業しているのに申し訳ない。お詫びというわけではないが、元気にやっているところを見ておきたい。

熟慮の結果、小田原に軍配が上がった。今日は別に行楽の日というわけではなく、機会が転がり込んできたから遠出をしているのにすぎない。それなのに吉原まで行ってしまうのは調子に乗り過ぎではないかという気がしたのだ。沼津まで宿題店の様子を見に来るのが普通の日に許される限度である。

さあ、そう決めたからには善は急げだ。

沼津から小田原までは小一時間。ネットで調べたところ、高野書店の営業時間は午後五時半までのようである。小田原駅はペディストリアンを設置したり、地下街を設けたりしてだいぶ様子が変わっていたが、ちょっと離れてしまえば旧来の姿がそのまま残っている。高野書店までの道行きは簡単で、駅を出て右に行き、お城が見えてきたところで左折。そのままずっと進んでいけば、道の左側にある。小田原駅周辺は道が放射状になっていて直角に交わっていないのだが、こういう行き方をすれば問題はない。

ひさしぶりの高野書店は、記憶にあるままの姿だった。郷土史や歴史の本が強く、一般文芸書はそれほど多くない。学生のころはここよりも、近くにあった三四郎古書店のほうを重宝したものであった。フレドリック・ダール『ピンチ』なんかもそこで買ったぞ。

気軽に買えるような本はなかったのだが、入口のガラス戸に貼ってあった紙に気になることが書いてあった。「西湘地域絵葉書研究会」なるところが作った『人車・軽便鉄道と地域絵葉書』というCDを2千円で売っているというのだ。

人車鉄道というのは文字通り、人力で車を押す鉄道である。大宮の鉄道博物館に車体の展示がある。どれも短く、たとえば栃木県の間々田にあった人車鉄道などは船着き場がある乙女河岸から資材を運搬するためのものだった。そんな中で早川と熱海を結んでいた人車鉄道は、湯治客を乗せるためのものとして定期運行されており、路線延長も長かった。伊佐九三四郎『幻の人車鉄道』で私はその事業について知ったのだが、CDはまさにその豆相人車を扱っているではないか。

これは運命だと思い、売っていただいた。CDをください、と言うと店主はちょっと嬉しそうな気配になり、はいはいあります、と言って奥に引っ込み、一枚を持って戻ってきた。

「これはね。次を今作っていて、それは国府津のほうの電気鉄道を主にしたものになりますから」

包みながら説明してくれる。つまり西湘地域絵葉書研究会というのは、高野書店の店主自身のことらしいのだった。

「いいですね。それはいつごろになるんですか」

そう聞くと店主は、

「あと、二年ぐらいはかかると思います」

と言いながら、はにかんだように笑ったのだった。何年でも待つのでぜひ作ってもらいたい。出来たら必ず買いに来ますから。

ここで時間切れ。CDを大事に抱えて家まで帰った。

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