小説の問題vol.5 藤木凛『ハーメルンに哭く笛』

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ハーメルンに哭く笛    探偵・朱雀十五の事件簿2 (角川ホラー文庫)

浅草・吉原の花魁弁財天の境内にある「触れずの銀杏」には、神隠しの因縁が伝えられていた。昭和九年、早朝。その銀杏の根元で老人の惨殺死体が発見される。奇妙なことに、その老人こそ数十年前同じ場所で神隠しにあった少年の係累に当たる者だった……。

藤木稟の処女長編『陀吉尼の紡ぐ糸』はこんな情景で幕を開ける物語である。昭和初期の軍国主義の時代を時間軸に、それ自体特異な意味を持つ吉原という場所を空間軸にとらえた点がまず新鮮である。それで舞台負けしては話にならないが、ミステリーとしての結構も整っている。一見超自然現象としか思えない奇怪な事件が論理的に収束する離れ業も決まっており、構想の妙に感心させられた。

では、その処女作から半年も経たない内に発表される第二作『ハーメルンに哭く笛』は、いったいどのような戦略によって書かれた小説なのだろうか?たしかに処女作で示した奇抜な想像力は驚異だったが、連作となるとそれ以外の何かも要求される。作者・藤木の真価が問われるところだ。

花魁弁財天事件から一年半後、帝都には新たな怪異が起きていた。下町で児童三十人余が一度に誘拐され、二日後谷中の墓地で全員が手足を切断された無惨な死体で発見されたのだ。現場には警察を嘲笑するメッセージが残されていた。

それとほぼ同時期、警視庁防犯課の刑事馬場は上野に住む田中という男の訴えに関心を抱いていた。田中はハーメルンの笛吹き男に悩まされる悪夢を毎夜見るという。子供を笛で誘惑し、さらうというハーメルンの笛吹き男と谷中の事件の奇妙な暗合。初めは単なる馬場の疑念にすぎなかったが、彼自ら笛吹き男に遭遇するに至って事態は一変した。果たして大量殺人の犯人は現代に蘇った笛吹き男なのか?疑惑のさなか、新たな犠牲者が凶刃の前に斃れた……。

バラバラ殺人というと、江戸川乱歩などを思い出すが、この作品にはそこまでのおどろおどろしさはない。むしろ、作者が笛吹き男に都市伝説の登場人物としての性格を与えている点が不気味である。

これまでも、口裂け女、人面犬といった怪奇なキャラクターが、噂のネットワークを通じ、一種のダークヒーローとして語り継がれてきた。それらの噂の存在を都市伝説と呼ぶが、特に近年では現実の事件がその都市伝説の方へ接近する傾向がある。例えば神戸・少年殺人事件においては、犯人像を推理する諸説がマスコミの報道を賑わわせた。報道の狂騒の中で様々な性格づけを与えられた犯人は、そのまま噂のネットワークに乗せられたとき、「酒鬼薔薇」という一種のダークヒーローとして語られる存在に変貌したのである。

本作でも忌むべきはずの笛吹き男を崇拝する者たちが出現する。笛吹き男の仮面を身につけ、奇怪な行動で市民を脅かそうとするのだ。殺人で「遊んで」いるのである。なんとも非道徳的だが、噂を語る者たちの現実感のなさとはこのようなものなのである。

昭和十年前後といえば、社会不安が高まり、刹那的な空気が世間を支配していた時代である。おそらく藤木の狙いは、その雰囲気にデジタライズされ現実感を喪失した現在の社会を重ねあわせることにある。そういった意味ではこの作品の舞台は純粋な過去ではなく、巧妙に現在とシンクロナイズされた「もう一つの戦前」なのだ。

おそらく、この連作は次々に被害者を残虐に屠っていくだろう。時代設定から見て、その終着点は第二次大戦になるはずだ。なぜならば戦争こそが大量殺人の最たるものだからである。藤木がどんな幕切れを意図しているか、まだ見えないが、とりあえず今後の動向を見守りたいシリーズである。

(初出:「問題小説」1998年7月号」

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