杉江の読書 カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で!?』(彩流社)

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 どこの町にも誰かがすんでいて、その人たちの暮らしがある。

交通機関や情報網が未発達だった過去はいざ知らず、現代に紀行文を書くことの意味はそこにあると思っている。土地柄や風物を通して見えてくる人々の暮らしに読者は関心を持つのだ。カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で⁉』(彩流社)は、おもしろい方向からその興味を満足させてくれる一冊だった。

著者には沖縄や島めぐりの旅に関する著書が多数ある。文中で「東京にはない旅情を感じた」というような表現を何度か使っているうちに、自分がそう言えるほどに東京のことを知っているのか、という疑問を感じ、この本の企画は始まった。普通列車しか止まらない小さな駅で降り、駅前を起点として歩いてみようというのだ。吉田の新しい試みは東京の西部から始まる。JR青梅線の古里などは三多摩出身の私でも降りたことがあるかどうか怪しい駅だ。その後は五日市線、八高線、京王高尾線ときて、だんだん東に近づいてくる。京王競馬場線では競馬の開催日とそうではない日の二回訪ねたりもしている。都市部に入ればまた別種の発見がある。東京モノレール昭和島駅が選ばれたのは「ウルトラセブン」第43話「第四惑星の悪夢」のロケ地に使われたためでもある。あのドラマを彷彿させるような無機質な光景を目の当たりにして、吉田は感嘆する。街道歩きを趣味とする私としては東海道、中山道それぞれの第一の宿である、京浜急行線北品川駅、都営地下鉄三田線板橋区役所前駅などを歩いた感想に頷く点が多々あった。板橋の悠然たる風情を褒められて「ここは昔、埼玉でしたから」と恥ずかしげに答えるオジさんが可愛い。

本書は一度別の出版社で企画が通り、頓挫して五年に取材をやり直したという経緯のある本でもある。だから二度歩いている町もいくつかある。五年分、訪れた町の住民たちも年輪を重ねたわけであり、その時間の経過が文章に予想外の奥行きを与えている。

(800字書評)

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