こんばんは、杉江松恋です。
bookaholicは一年近く前から相談をして、準備を進めていたのだけど、偶然に偶然が重なって、結局今日の試験公開ということになりました。準備期間も長かったことだし、焦らずにいろいろ更新していきますので、どうぞ気長におつきあいください。
さて、街てくてくだ。
前回の続きで東海道歩きのことを書きたいのだが、ちょっと脱線を。ちなみに私は今、台湾にいるのである。四年後の2020年夏は台湾に避難を決め込みたいので、その準備のつもりだ。台湾よかとこ、一度はおいで。
台北市では今、漫畫大博覧会の最中である。私も参加したいところだが、残念ながら今回は見送りだ。滞在しているのは台湾第三の都市、台南市である。
台南市はこの島に初めて漢民族政権を樹立した鄭成功ゆかりの地であり、街のそこかしこに彼の偉業を讃えるモニュメントを見つけることができる。鄭成功は父・鄭芝龍が平戸島に在中、日本人女性・田川松との間に設けた子供だ。その活躍に材を採って近松門左衛門は「国性爺合戦」を書いた。当然多くの作家が小説にもしているが、私が好きなのは白石一郎『怒濤のごとく』(文春文庫)だ。釜山生まれで長く福岡に住んだ白石は17~18世紀の日本海、東シナ海を舞台にした海洋冒険小説を多数書いており、その系譜に連なる作品である。玄界灘の向こうに中国大陸の存在を見、そして東南アジアを飲み込もうとする欧州諸国の影を小説に描きこんだ作家でもある。台湾制圧戦のためにオランダと闘った鄭成功は格好の題材だっただろう。白石の作品で私がいちばん好きなのは直木賞受賞作の『海狼伝』とその続篇である『海王伝』なのだが、『怒濤のごとく』には白石海洋小説の粋が詰まっており、代表作と呼ぶにふさわしい。
台湾到着は8月14日の正午近くである。少し休憩して疲れをとった後は、その鄭成功が城館とした赤嵌楼でしばし過ごした。
夜は台湾島内で最大の夜市である花園夜市を覗いてみた。他の都市でも夜市には行ったことがあるが、観光客向けの観光施設という雰囲気になっているところも多かったと記憶している。この花園夜市は雰囲気としては日本の祭の夜店に近く、それが何倍にも広がって
行われているという印象だった。完全に地元の人のための夜市である。開催は毎週、木、土、日の三日だけで、常設ではないのだという。夜遅くまでやっているらしく、車でやってきたらしい親子連れが目立った。
非常に大きな夜市で、人出も多いためとうてい全部は回りきれない。だいたいその半分ぐらいを見たが、スマートボールやダーツなどのゲームの店が多いのが印象的だった。すでに夜十時を回っているのに、子供が多数遊んでいる。
その中に、麻雀牌を使った神経衰弱のようなゲームがあった。盤面に書かれたマスの上に牌を並べて、当たると何かもらえるようなシステムらしい。ここはどういうわけか若い女性がカジノのディーラーのような形で卓についていて、客も大人のおともだちが多いのである。女性目当てなのだろうか。ルールがまったくわからないので、自分では卓に座らなかった。
食べ物を売っているあたりは、店ごとに椅子を置いていて、フードコート式に食べ物を集めてきて座ると叱られるらしい。見ていると、酒類を置いている店は皆無だった。やはり車の客がほとんどなのだろう。夜市の外れに一軒だけビールなどを置いている店を見つけたが、ぬるそうなので買わなかった。酔客を相手にしないからこそ、これだけ大きな夜市が支障なく運営されているのだろう。
コオロギをジャガイモと一緒に揚げた串があると聞いていたので探したら、一軒見つかった。1本40元(約132円)である。ジャガイモとコオロギがねぎまのように交互に刺してあり、ほくほくの間にぱりぱりという食感があって楽しい。家族は嫌がって手を出さなかったが、虫食に抵抗がない私にはご馳走だった。
タクシーでホテルに戻り、やはり屋台で購入したサバヒーという魚のフライで一杯やり、就寝した。
今回は紙の本をあまり持ってこず、kindleの電子書籍に頼っている。飛行機の中で居眠りの合間にちらちら読んで楽しかったのが、黒川依『ひとり暮らしのOLを描きました』(ゼノンコミックス)だった。最初にその存在を知ったのはtwitterで流れてきた一枚絵で、台詞はなく、部屋で一人暮らししている女性が、孤独に打ちひしがれるさまがあれこれと趣向を変えて描かれていた。それで気になっているうちに、コミックスとして刊行されたのである。単行本のほうは、一枚絵の後に無言劇のページを付け加えてあり、それでまた違った味わいがある。
一人住まいの侘しさを見つめた内容なのだが、やりきれないさみしさの中にときどき、安らかな瞬間が訪れる。あとではやはり孤独を思い知らされることになるにしても、その時だけは静謐で美しい。一枚絵のよさを殺さずに無言劇にしてくれたのが嬉しく、何度か気に入ったものを読み返した。いい作品だと思う。
(つづく)