杉江の読書 黒沢咲『渚のリーチ!』(河出書房新社)

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刊行からだいぶ経ってしまった。本書は日本プロ麻雀連盟に属するプロ雀士が初めて発表した小説である。執筆協力として作家の橘ももの名が記されているが、役割はよくわからない。

主人公の松岡渚は理工学部を出てコンサルティングの会社に就職するが、大学二年生で出会った麻雀の魅力に取りつかれている。やがてテストに合格し、会社員兼業から専業のプロとして活躍するようになる。物語のクライマックスはチームで闘う鳳凰戦になっていて、闘牌場面もふんだんに書かれている。こういう小説が出ると聞いて真っ先に気にしたのは牌活字を使っているかどうかということなのだが、もちろん要所で出てくる。初心者向けの配慮もされていて、冒頭で渚が偏見を持つ同僚社員に麻雀というゲームの魅力について説明するくだりがあり、そこでも牌活字が有効に活用されていた。

主人公がプロ雀士として成長を遂げるまでの教養小説であり、渚という名前が彼女のキャラクターを象徴している。「対局するときはいつも高揚感に溢れているのに、いい手に育つほど私の内側は静かに凪ぐ」のであり、祖父曰く「渚ってのは波の打ち寄せる水際のことでな」「浜辺にはいつだって風が吹く。遠くから、波を運んできてくれるんだ。その風を味方につけることができれば、お前はきっと強くなる」。その言葉通り、自身を見失わないように心がけて渚は打ち続ける。周囲からその姿勢は時に強気にも見える。そうした打ち筋の見極めが話の中核になっており、夾雑物がなくすっきりしていい。

この渚に比べると脇役が飾り物になってしまっており、たとえばライバルなどに印象的な登場人物がいれば、と思う。鳳凰戦のチームメイトなどもキャラクターづけがされていない。本書は作者をモデルにした小説なので、そのへんはファンならご存じ、ということなのかもしれない。しかし一見の読者には場面や役割分担などで印象づける必要がある。そこがやや残念な点だが、文章には好感を持った。

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