翻訳ミステリーマストリード補遺(60/100) クリスチアナ・ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

=====================================

『マストリード』には可能な限り短篇集を入れたいと思っていました。クリスチアナ・ブランドは長篇の主要作品が当時品切れだったこともあり、『招かれざる客たちのビュッフェ』に。私が最初に読んだブランドでもある『ジェゼベルの死』が手に入るようだったら、そちらと悩んでいたかもしれません。観衆の視線がある舞台の上に突如死者の生首が出現するという不可能犯罪ものであり、後半では容疑者たちが次々に自白を始めるという多重解決の趣向もあります。この小説のゲーム性は後世に大きな影響を与えているはずです。

『招かれざる客たちのビュッフェ』には「婚姻飛翔」「ジェミニー・クリケット事件」「スケープゴート(EQMM訳載時の「ミステリオーソ」という題名のほうが私は馴染みがあります)」という三作の謎解き小説の傑作が収録されています。それ以外もすべて読むべき佳品ですが、お時間がないという方はこの三作だけでも、ぜひ。特に「ジェミニー・クリケット事件」は掲載誌によって違う二つの結末があることでも有名で、本書には作者が選択したバージョンのほうが採られている。解説の北村薫が言うように、もう一つのほうが出来はいいように感じるのだが、もし気になる人は早川書房の『37の短篇』を再編集した『51番目の密室』(ハヤカワ・ミステリ)に当たっていただきたい。

ブランドは論理の迷路に読者を誘い込み、足元が不確かな状態で立たせ続けることを好む作家だった。日本においてクリスティーほどの人気を得なかったのは、この底意地の悪い感じがあったからだと思う。しかし、彼女によって日本の読者は多重解決のおもしろさを知ったのだし、謎解き小説がトリックだけではなくロジックやレトリックによっても支えられているということを再認識もさせられた。1990年代のミステリー・ブームを経たことで好みが多様化した現代の読者のほうが、ブランド作品は楽しめるのではないかと思う。長篇の入門書としてはやはり『ジェゼベルの死』か容疑者がクローズド・サークルに閉じ込められる(孤島ではなく都会の真ん中なのに)『緑は危険』の二作がお薦め。一部で評価の高い『疑惑の霧』は、ページをめくっているうちに読者までが疑惑の霧の中に突入してしまうので、最初に手に取ることはあまりお薦めできない。こちらは改訳が必要なのではないだろうか。

『招かれざる客たちのビュッフェ』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存