翻訳ミステリーマストリード補遺(59/100) ディーン・クーンツ『ファントム』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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年号が昭和から平成になったころ、翻訳ミステリーを巡る情景も大きく変化したという記憶があります。刊行点数の増加は留まることを知らず、結果としてそれまでのジャンルには収まりきらない作品が多数紹介されるようにもなりました。モダン・ホラーという概念で括られた作品群はその一例でしょう。恐怖小説、怪奇小説といった旧来の用語では説明しきれない、新鮮な長篇がその名の下に多数翻訳されました。独自の着想、先の読めないプロットは「新しい小説を読んでいる」という感慨を存分にもたらしてくれました。その代表格というべき作家がディーン・R・クーンツです。1989年には彼の作品が一挙に七作もが翻訳され、ブームと呼ぶしかない反響を巻き起こしました。一人の作家が持つ創作力の大きさというものをあれほど感じさせられた経験は他にないかもしれません。膨大な著書の一つに『ベストセラー小説の書き方』がありますが、彼以上にそれを講義するのにふさわしい作家はいないでしょう。

『雷鳴の館』刊行当時、ミステリー・ファンの間でその物語構造について驚きの声が飛び交い、実はいわゆる「本格」も書けるのではないか、と囁かれたことも思い出します。一口で言うならば、プロットの持つ機能を熟知した作家ということになるでしょう。どんでん返しの驚き、復讐譚の胸のすくような展開、生理感覚をじわじわと刺激するスリラーといった具合に、物語自体が持つ器の力を存分に発揮させるのがクーンツという作家です。後味のよさもクーンツの特徴で、最後に部品が残って割り切れない思いをするというようなことは絶対にありません。長篇の書き方を後続に示したという意味では、スティーヴン・キングと並ぶ存在がクーンツなのです。

『ファントム』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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