翻訳ミステリーマストリード補遺(48/100) ルース・レンデル『ロウフィールド館の惨劇』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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 1964年にレジナルド・ウェクスフォード主任警部ものの第一作、『薔薇の殺意』でデビューを果たしたルース・レンデルですが、同シリーズの作者というだけでは日本での知名度がこれほどまでに高まることはなかったでしょう。

 我が国において彼女の名声を不動のものにしたのは間違いなく本作でしたが、同傾向のノンシリーズ作品にも共に着目され、サイコキラーもの流行のはしりとなりました。1976年発表の『わが目の悪魔』は地下室でマネキンの首を絞めるという退廃的な悦楽に耽る男が主人公、1982年の『荒野の絞首人』(以上すべて角川文庫)は女性が殺害され、頭を丸坊主にされた後に荒野に遺棄されるという残酷な連続殺人を描いた作品でした。

今、振り返って思うのは、これらの作品はたしかに凄惨な犯罪を扱っていますが、読者を震撼させたのは行為そのものではなく、そこに向かわせた心のありようだったということです。人間の心の深淵を覗き込めば理性では解決しきれない原初の感情や相互に矛盾した要素が見えてしまう。それは激しい恐怖を招き寄せるものだということをレンデルは熟知していたのでしょう。他者からは理解されがたい心の動きというものは、その人を絶望的に孤独させるものでもあります。他者にとっての恐怖の要因が当人にとってはたまらない孤独の源であるということをミステリーにおいていち早く示した作家がレンデルでありました。そうした意味で彼女の作品には古びることのない現代性が備わっています。より文学性が高いと言われるバーバラ・ヴァイン名義の諸作は、不安定な状況下に投げ込まれた者たちの不安や焦燥を描いた秀逸なものが多く、どの作品を読んでも心理劇を堪能できます。高尚そう、と尻込みせずにぜひ手に取ってみていただきたいと思います。

レンデルは2015年に亡くなりましたが、晩年の長篇はまったく翻訳されていません。最後に邦訳された1996年の『街への鍵』(ハヤカワ・ミステリ)を見ると、筆致は衰えるどころか残酷なユーモアも利かされた熟成の度合いが見事な一作であり、このあとの2000年代に作家がどのような境地に達したのだろうかと興味を掻き立てられます。どこかの出版社が訳出に名乗りを挙げてくれるといいのですが。

『ロウフィールド館の惨劇』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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