翻訳ミステリーマストリード補遺(40/100) ジャン・パトリック・マンシェット『愚者が出てくる、城塞が見える』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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フランス・ミステリーの歴史の中で、1970年代の〈ネオ・ポラール〉と呼ばれる作品群は特異な色彩を放っています。デュマやバルザックなどが主戦場とした新聞連載小説を母体とするロマンス小説の系譜がフランス・ミステリーにはありますが、それが大きく変貌したのは第二次世界大戦後でした。1930~50年代のアメリカ犯罪小説の翻訳が再開、現在も続く〈セリ・ノワール〉叢書にはそうした作品や、フランス作家による模倣作が多く収録されました。そうした〈暗黒小説〉の系譜に〈ネオ・ポラール〉の作家たちは新たなものを付け加えました。そこにあるのは強烈な現状批判です。1960年代の熱い政治の時代を経たことで、先鋭的な犯罪小説が多数生み出されることになりました。そうした作家たちを主導したのがA・D・Gとマンシェットの二人だったのです。

現在では絶版ですが、マンシェットの長篇第三作『地下組織ナーダ』を読んだときの衝撃を今も覚えています。NADAとはスペイン語で「無」、反体制的組織が暴走し、壊滅に到るまでを非情極まりない筆致で描いた作品であり、テロリストだけではなくその取り締まりにあたる警察官もまた残酷な殺人者として描かれます。本当にすべてが無に帰する幕切れは古今東西のミステリーを通じて最高のものではないでしょうか。もし本書を読んで感銘を受けた方があったら、ぜひ同作も手に取っていただきたいと思います。二作を併読することにより〈ネオ・ポラール〉の熱さを感じることができるはずです。

二年前に現在の〈セリ・ノワール〉叢書編集長を務めるオーレアン・マッソン氏が来日された際、〈ネオ・ポラール〉の世代の意義について質問したことがあります。マッソン氏は〈ネオ・ポラール〉運動の結果として小説が政治プロパガンダの色を帯び過ぎてしまった弊害があるとし、「だけどマンシェットは頭からそれを信じていたわけではなくて、『お仕事』として書いていたんだ。彼と彼の作品は別物だ」と付け加えていたのが印象的でした。まだまだ一面的にしか紹介されていない〈ネオ・ポラール〉世代、そして1980年代以降のフランス作家については、体系的な邦訳紹介の機会が持たれることを望みます。

『愚者が出てくる、城塞が見える』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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