翻訳ミステリーマストリード補遺(36/100) デイヴィッド・イーリイ『タイムアウト』

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

======================================

ご子息の入学おめでとうございます。「理想の学校」が収録されている『タイムアウト』の話をしながらその件に触れられたので一瞬、ええっ、となってしまったことを告白します。学校は寄宿制ですか。

『マストリード』に収録する短篇集は結構選定に時間がかかっています。MWA最優秀短篇賞を受賞した「ヨットクラブ」が本書には収録されているわけですが、この作品は発表当時たいへんな衝撃を周囲に与えたわけです。その驚きに匹敵するものはシャーリイ・ジャクスンのあの短篇しかない。しかし、短篇集全体のミステリー度ではこっちが上かなあ、といった具合に。あれこれ候補を検討した末に残った一冊が本書でした。

イーリィの作品で初めて作者名を意識しながら読んだのは『大尉のいのしし狩り』に収録されている「緑色の男」だったように思います。なんと気持ち悪い、でもその気持ち悪さが癖になるの、と雑誌のバックナンバーをひっくり返しながら読み続けました。イーリィの短篇には、読むと悪意の粒のようなものが体内に侵入してくるような感覚があります。その悪意の粒は俗物根性と至って相性が悪く、世の中に充満している美談主義のようなものとも激しく反応します。気がつけば自分もすっかり辛辣な物の見方をしていたりして、一度感染すると大袈裟ではなくて人生が一変するほどの力をイーリィ作品は持っています。「切れ味」とか「どんでん返し」とかを求めるのもいいのですが(そしてそれもイーリィ作品は備えていますが)「世界の見え方を変えてしまう不安の種」も短篇の大きな魅力だと思い、最終的には『タイムアウト』を選んだ次第です。本書を読んでおもしろかった方、ぜひ他の短篇集も読んでみてください。いわゆる〈異色作家短篇集〉の味が好きな方には絶対のお薦めです。

『タイムアウト』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存