翻訳ミステリーマストリード補遺(35/100) マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー『笑う警官』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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シューヴァル—&ヴァールーの夫妻(事実婚かもしれませんが、二人は立派なカップルです)は、変わりゆくスウェーデンの姿を見て、福祉国家としての母国がこのままの形を維持するのは難しいだろうという暗い予感に突き動かされ、変わりゆく10年を小説の形で記録しようと考えたといいます。こうした現在を見る姿勢は、現在に至るまでスウェーデンを中心とした北欧圏ミステリー作家の中心にあるものです。そこから、外国人読者ゆえの思い込みを正されるような作品に出逢ったり、作家本人から自身の独自性、作家群の多様性について蒙を啓かれるような教えを受けたりして私は現在に至ります。現時点での認識は、自身の属する社会に対する批判的な視点を有する作家が北欧圏には多く存在し、その見聞したものを娯楽小説の形に落とし込むのが巧かった作家が広く人気を至ったのだ、というような緩いものに変わっています。社会と個人の対立関係を犯罪小説として描く手法において、北欧圏ほど名手が集中して輩出する地域は珍しい、という言い方に替えてもいいのですが。

『笑う警官』は、シューヴァルー&ヴァールー作品の代表作と見なされる小説です。英訳されてMWAを受賞したという事情も大きいのですが、作品の柄の大きさ、エロティックな要素を含めたフックの多さなど、マルティン・ベック・シリーズを好きにならずにはいられない数多くの要素が含まれる作品です。ぜひとも本書を読んでいただき、次は第1作『ロセアンナ』に溯ってシリーズ全作を味わっていただきたいと思います。警察小説にはこんなに様々な書きようがあり、刑事というキャラクターはこんなに魅力的だったのか、と発見されることと思います。ここから出発して次に読む作家としては、クルト・ヴァランダー捜査官シリーズの作者、ヘニング・マンケルが最右翼でしょう。両シリーズを併読すると、時の経過によってミステリーというジャンルが負わなければならなくなった変化が見えてきて興趣が高まります。

『笑う警官』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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