小説の問題VOL.20 風野真知雄『鹿鳴館盗撮』

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鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)

『峠の群像』以来久々の忠臣蔵テーマとなった、今年(注:1999年)のNHK大河ドラマ『元禄繚乱』だが、今一つ盛り上がりに欠ける気がする。来年のテーマが何かは知らないが、個人的に好きな時代は幕末である。中でも司馬遼太郎原作の『花神』などは、中村梅之助の大村益次郎が大好きで、TVドラマ嫌いにしては珍しく毎回観ていた記憶がある。だが、大河ドラマには、幕末テーマにすると視聴率がとれないというジンクスがあるのだそうだ。

なぜなのだろうか?

さて、今回ご紹介する『鹿鳴館盗撮』では明治十九年の東京が舞台となる。維新の騒動も一段落し、日本が近代化へ向けて大きく前進しようとしていた時代だ。中央政界では井上馨外務大臣発案により鹿鳴館が建てられ、日本の近代化ぶりを諸外国に示すため、毎夜舞踏会が催されていたことから、通称鹿鳴館時代ともいう。

主人公の志村悠之介は、幕臣の家に生まれ北辰一刀流を修めた快漢だったが、維新後は流行の写真術を学び、浅草に写真館を構えて糊口をしのぐ毎日である。その彼が横浜の外人居留地で撮影した写真がそもそも事件のきっかけだった。何の変哲もない風景写真のはずだったのに、なぜか謎の男たちがつきまとい、写真の乾板を渡すように脅してきたのだ。横浜から新橋に向かう汽車の中で男たちをまき、鉄道馬車や人力車まで駆使して追っ手を振り切った悠之介だったが、ようやくたどりついた写真館には敵の息のかかったポリスまでが待ち構えていた!そうまでして守りたい秘密とは何か。いったい写真には何が写っていたのか?悠之介はその謎を探るため、単身捜査を開始する……。

ヒッチコックの映画を思わせるような追跡行から幕をあけた謎の物語は、悠之介の元恋人である沢田子爵夫人百合子や、井上馨外務大臣、伊藤博文総理大臣まで巻き込んだ一大事件に発展していく。史実をたくみに取り込んだ謎の構造もよく練り上げられており、一種の歴史ミステリーとしても読める作品ではあるが、この小説の価値はやはり明治という時代になじめない男たちを描いたところにあると言えるだろう。

維新の本物の立役者は、生き残って元勲と呼ばれた連中ではなく、志し半ばで斃死していった高杉晋作のような人々である。先に上げた『花神』でも、井上たちは英雄というよりはむしろイギリス留学の資金を遊興で使い果たしてしまうようなお調子者として描かれていた。だが、大業を継承し、日本の近代化路線を軌道に乗せるための施政者として、間違いなく元勲たちは有能な存在だったのである。この小説の中でも、井上や伊藤は己の器量の限界を知りながらも、なおかつ国事のために奔走する好人物として描かれている。だが、彼らにとっては、維新こそが青春であり、明治とは単なる残務処理の時間にすぎなかったのかもしれない(本作が伊藤の明治憲法建白で幕を閉じているのは象徴的だ)。

また、一写真家として無為に過ごすことに鬱屈とした思いを抱く悠之介にとって、明治とは己の矮小さを実感させられるだけの、堪えがたいものだろう。彼は、その思いを振り払うために時代の真実を「盗撮」という形で写し出そうとするのである。前作『西郷盗撮』(新人物往来社)では、多くの若者を魅了した西郷隆盛という大人物の素顔を写そうとした悠之介だが、今回は日本外交史の忌むべき裏面ともいえる鹿鳴館の真の姿を写すことに挑戦している。

悠之介のもどかしさは、真摯に生きる者すべてが感じる、時代を超えて共通した思いである。それだけに『鹿鳴館盗撮』は時代小説でありながら、現代の読者の心を強く打つのだろう。次回作が待ち遠しい好シリーズである。

(初出:「問題小説」1999年11月号)

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