街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行その6・狐ヶ崎「ふしぎな古本屋はてなや」再び

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これが『女囚地獄脱走作戦』だ

(承前)

明けて3月14日。本日も日帰りで静岡行きである。

昨日の記事の終わりに「これにて静岡行、ひとまずは終了である」と書いたが全力で撤回する。

というよりも、再び静岡に行かなければならない理由ができたのである。

一昨日の記事で狐ヶ崎のふしぎな古本屋はてなやを訪れたことを書いた。その際、手持ちが不如意であったため、置いて帰った本があると記したのをご記憶ではないだろうか。

帰宅してから考えてみると、どうにもそれが心残りでならない。資料価値の高い本である。が、一般性はない。はてなやの棚の中でも希少本扱いされているわけではないので、コレクターにぱっと買われてしまうことはないだろう。しかし、売れてしまう可能性はある。次に訪れたときにあればいいや、などと考えていたが、狐ヶ崎は近所ではなく、おいそれと通えるところにはない。次に行ったときに本がなければ、私はひどく衝撃を受けるのではないか――。

そんなわけで、二日連続の狐ヶ崎、ふしぎな古本屋はてなやである。

二日続けてのはてなや。前日の写真と見比べると散髪したのが歴然としていると思う。

拙宅からは始発で出れば昼前には着ける位置にある。せっかくなので寄り道をして(別記)、午後1時に再び狐ヶ崎駅に下りたった。二度目の訪問ながら、もはや他人の土地という気がしない。おなじみの用水路脇の道をどんどん歩き、あっという間にはてなやに到着した。

近づくと足が早くなる。戸を開ける間ももどかしく、目指す位置へと飛び込んだ。

あった。

トム・ロビンソン著/清水正二郎監修 構成・絵・若辺剛『世界秘密文学選集2 女囚地獄脱出作戦』(東京漫画出版社)である。

■清水正二郎をめぐる冒険

この本をなぜ必要としたのかは若干の説明が必要だと思う。

まず清水正二郎とは何者かということだが、ちょっとでも日本文学に詳しい方はご存じのとおり、作家・胡桃沢耕史の本名である。1925年生まれでNHKプロデューサーを経て作家デビュー、1983年に『黒パン俘虜記』で直木賞を獲得している。莫大な量の著書があるのだが、清水正二郎名義でソフトポルノも手掛けており、全貌を把握することが非常に困難である。どなたかきちんとした書誌を作った方はおられるのだろうか。

その清水正二郎監修というところがポイントで、これは絶対にトム・ロビンソン原作ではないだろう。清水の創作のはずである。なぜならば清水には、イヤーン・フラミンゴ作/清水正二郎訳という建前で出したお色気スパイ小説の著書があるからだ。007号ならぬ07号が主役を務めるこのシリーズの何作かは、後に胡桃沢名義に仕立て直して再刊されているらしい。未確認なのでここは伝聞である。

でももし、本当にトム・ロビンソンという作家がいて、その翻訳だったら。題名からすると冒険もののようである。まだ見ぬ海外小説からの翻案だったら。そう思うと居ても立ってもいられなくなる。

また、世界秘密文学選集という題名がいやらしい。ミステリー評論家の川出正樹さんが似た題名の世界秘密文庫という叢書の研究をしておられる。「ミステリーズ!」に連載されてそのうち本にまとめられるはずの「ミステリーズ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 魅惑の翻訳ミステリ叢書探訪記」で3回にわたって取り上げられたところによれば、同叢書は朝日新聞社の事件記者であった陶山密が企画して日本文芸社に出させたもので、当時のペイパーバックから彼が選んだサスペンス小説を、大幅に内容を改変するなどし、翻訳ミステリーファンというよりは、大衆小説、もっと言えば俗悪な読物が好きな層に向けて刊行したのである。もちろん版権は取っていない海賊出版である。川出氏がこの中の一冊であるR・フォンテーヌ『襤褸の中の髪と骨』が実はアメリカ作家ヒラリイ・ウォー作品であることを原書との照らし合わせで突き止め、ついに創元推理文庫から『愚か者の祈り』が刊行されるに至る話はとてもおもしろいのだが、バックナンバーをご覧いただくか、連載が単行本化された折にでも読んでいただきたい。

というような予備知識があると「世界秘密文学選集」という題名も、トム・ロビンソンという著者名もものすごく怪しく感じられるではないか。これがもし、漫画版の世界秘密文庫だったらどうしよう。

そんなわけでさっそく『女囚地獄脱出作戦』を読んでみた。

物語はアメリカが火星へ向けて新しい宇宙船を打ち上げるところから始まる。人類初の快挙だが、実は一つの軍事機密を抱えていた。この宇宙船には人間を搭載したカプセルが積まれていた。目的地で投下されたカプセルは「バイカル湖のほとりにある秘密都市イルクーツク」に人知れず着陸するのである。その中にはアメリカ秘密情報部PO課の誇る精鋭スパイが。

07号ことジェームズ・モンドである。

あああ、これ、かなりの確率で翻訳じゃなくて清水正二郎が書いた作品だ。

確認してないけど、たぶんピンク07号シリーズのどれかではないか。

がっくりきたのだが、続けて読むとなかなか内容はおもしろい。作戦決行時刻が近づいてモンドの乗ったカプセルを投下することになった宇宙飛行士たちなのだが、火星に無事着陸できれば俺たちは英雄だ、と浮かれるばかりに余計な任務が面倒くさくなってくる。彼らの会話を傍受するモンドの上司・Hがはらはらするのもよそに、こんなことを言い出すのだ。

「何だったっけな。落すのは何分何秒だとかむずかしい事を云われたっけっな」

「こちらは本番でいそがしいんだ。ややこしい事はできっこないさね」

「そうだな。あんた適当なところで落としちゃいなよ」

Hが「あいつら!! 降りてきたら軍法会議もんだぞっ」と激怒しているのも知らず、カプセルはぽーんと落とされてしまう。イルクーツクはおろか、厳寒の原野の中へ。

運よく一命を落とさずにはすんだモンドだったが、次なる危機が待ち構えている。北極海に面したバルキン半島に、スターリン時代に建設された精神矯正施設がある。収容者の2千人はすべて女性で、全員が性欲の虜になって悶え苦しんでいるという設定。そこにモンドは囚われてしまうのである。

性欲が昂じてくると女囚たちが全裸になって氷の上を転げまわり、体のほてりを鎮める描写だとか、シベリアをなんだと思っているのか、というような場面も多々あるが、冒険談としては荒唐無稽ながら破綻もなく、元ネタのフレミング作品を思わせるような展開もあって悪くはない。残念ながら翻訳ものではなかったが、蔵書に加える次第である。

この「世界秘密文学選集」は、同社から出た『千夜一夜絵物語』が好評を博したことに気をよくし、清水正二郎を監修者に招いて創刊されたものらしい。巻末広告から全5冊のラインナップを紹介しておく。

1『裸の女神』ギョーム・アポリネール原作・若辺剛構成

2『女囚地獄脱出作戦』トム・ロビンソン原作・若辺剛構成

以上が「絶賛発売中」で下は「近刊予告」である。

3『キャンディ』マックスウェル・ケントン原作・小坂靖構成

4『背徳の人形師』ジョン・ミル原作・葵章太構成

5『ハレムの歓喜』ハネット女史原作・谷川勝夫構成

見たところ、原作が怪しいのは2だけだ。3以降が無事に刊行されたのかどうかは残念ながら時間切れで調べきれなかった。若辺剛についても未詳。これ以外にはどんな作品があるのだろうか。絵を見た限りでは達者で、劇画誌などで活躍していてもおかしくないとは思う。

(つづく)

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