幽の書評vol.20 藤野可織『おはなしして子ちゃん』

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おはなしして子ちゃん (講談社文庫)

可愛らしいけど口に入れたくないドロップたち

そのクラスには、小川さんという女の子がいた。少し太っていて、足が遅くて、地味な色の服ばかり着て、漫画やアニメや流行歌手の知識がいっさいなくて、みんなと違う長方形をした真っ白な消しゴムを使っている女の子が。「だから」私たちは毎日彼女の消しゴムを隠したり捨てたりするようになる――(表題作)。

藤野可織『おはなしして子ちゃん』は、作者の芥川賞受賞第一作となる短篇集だ。収録された中で最も怪談小説的な要素が強いのは冒頭で紹介した表題作である。級友をいじめていた少女が、ある日そのために自分が怪異と出会うことになる。「おはなしして子ちゃん」とは彼女の出会うものの名なのである。それが何なのかは読者それぞれで想像してもらいたいが、絶対に的中はしないと思う。それほどに独創的なのだ。予想だにしなかったものが眼前に迫ってくる恐怖を、ぜひ味わってもらいたい。

本書はどこにも似通ったところのない十の短篇を収めた奇跡のような作品集である。表題作こそ学校の怪談風だが、同じ手を使った作品は二つとない。たとえば「今日の心霊」は、撮影すると必ず心霊写真になってしまう女性を追った疑似ノンフィクション風の一編だし、「逃げろ!」では通り魔を自称する男の意識の流れが描かれる。「美人は気合い」「アイデンティティ」のように、名状しがたい短篇も入っている。どれも甘いドロップのようにやや透き通っていて可愛らしいけど、食べた後のことはちょっと責任が持てない。

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