幽の書評vol.12 辻村深月『ふちなしのかがみ』

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ふちなしのかがみ (角川文庫)

声にならない呟きが空間を満たしていく

いつか恐い話を書くだろうな、と予感はしていた。辻村深月のことだ。彼女の書くミステリー小説には、声にならない囁きが満ちていたからである。辻村作品を読むと、いつも青春時代の暗い面に思いを馳せさせられる。たとえば『太陽の坐る場所』(文藝春秋)を読めば、行間からアノトキハ言エナカッタ……、本当ノ私ハココニイル人間デハナイ……といった怨嗟の呟きが漏れ聞こえてくるではないか。誰もが通う学校とは、そうした負の感情をも受け入れてきた場所だ。辻村はそのことを絶えず読者に思い出させようとする。

辻村の第一短篇集『ふちなしのかがみ』は、学校を舞台にした都市伝説の恐怖小説を主に収録した作品集である。トイレに棲まない、少し変わった少女幽霊がいる学校の話「踊り場の花子」は学校が非日常の空間と化す瞬間を描いた作品だ。表題作は自分の未来の姿を見るという儀式に執着した少女の身に異変が生じる話で、「ブランコをこぐ足」では『キューピッド様』の占いに他愛もなく興じていた仲間の輪が崩れたときに悲劇が起きる。声にならない声が空間を満たしたとき、見せかけの調和が崩れるのだ。きりきりと雰囲気が張りつめていく音が聞こえそうな、緊張感に満ちた作品揃いである。異色作「おとうさん、したいがあるよ」には、逆にすべてを諦めたような弛緩した雰囲気が流れる。人々の無感動な態度が逆に恐怖を呼ぶのである。辻村深月は、ついに恐るべき力を振るい始めた。

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