街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年9月、わたらせ渓谷鐡道

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わたらせ渓谷鉄道間藤駅にて。故・宮脇俊三の自筆原稿。

つい先日、八高線に乗ってきた。高麗川~倉賀野間が非電化区間である。非電化の路線は関東にはもう一ヶ所、わたらせ渓流鐡道しかない。八高線に乗ったのだからついでに、ということで言ってきた。大学二年生でそろそろ夏休みもおしまい、という子供も一緒である。

初めて訪ねる路線のだから、せっかくだから最初から最後まで通しで乗ってみたい。つまり桐生から間藤までだ。都内から行く場合、東武線で相生まで行って乗り換えるという手もあるのだが、桐生・相生間のわずか一駅といえども乗らないのは気が引ける。そんなわけで在来線を乗り継いで桐生まで行ってきた。

拙宅を午前五時に出ると、桐生には八時半に着ける。それだと八時五十四分発の間藤行き普通列車に乗れるのだ。間藤着が十時二十七分、十一時三十一分に間藤発のトロッコわっしー一号が出るので、一時間滞在できる。トロッコわっしー号というのは二両編成で、うち一両が窓ガラスのないトロッコ車両になっているのである。

電話予約も済ませ準備万端、のはずだったが途中で思わず失策をやらかしてしまった。北千住から東武伊勢崎線で舘林、同じく佐野線で佐野とやってきて、JR両毛線に乗り換える際、間違えて逆方向の列車をつかまえてしまったのだ。微かに聞こえる車内放送(なぜか音が小さい)が「下り小山方面」と言うのを聞いて慌てて降りようとしたが、ボタン式の扉はもう開かず、発車する。次の岩舟駅に下り列車が来ているのを見て乗り換えようとするも、階段を駆け上り、下った瞬間に出てしまう。「仕方ないよ、こういうこともあるよ」と子供に慰められながら、次の上りまで三十分ほど無為な時間を過ごした。岩舟には春にも来たことがある。岩船山は、東映系の特撮などでお馴染みの場所だ。

その遅れが響いて八時五十四分には乗れなかったが、九時三十分のトロッコわっしー二号には十分間に合った。間藤で折り返してきてわっしー二号になる列車である。車掌さんに聞いたら、トロッコの席も空いているという。禍福はあざなえる縄の如し。

子供のころは窓を開けて列車に乗ることなど日常茶飯事だったが、最近ではめったになくなった。ましてや窓ガラスのない列車などは遊園地などの特殊なものを除けば初めてである。渡良瀬渓谷に沿って進む列車はもちろん単線で、沢入までは進行方向の右が、それ以降は左側が渓谷に面する。その反対側はぎりぎりまで山に近づいているので、時として茂みの葉などが手に当たることもあり、羽虫や蛾が飛び込んでくるなどはしょっちゅうであった。彼岸前ゆえか、斜面には曼殊沙華の花があちこちに見られ、緑の中に見事な置き色となっていた。

途中の神戸駅では珍しいものを見た。数名のご婦人が、かつての駅弁売りスタイルでやってきて、ふかしたじゃがいもや唐揚げ、アイスクリーム、コーヒーなどを進めてきたのである。神戸駅には車両をそのまま座席に使ったレストランが営業している。それだけだともったいないので、車窓売りもやってしまおう、ということになったのだろう。誰かは知らないが、オールドファンの心理をよくご存じだ。かつて夜行列車などで売り子から弁当を手渡しで買った経験のある人なら、この形で勧められて断れるはずがない。弁当は準備してあったのだが、唐揚げとさつまいもを購入した。さつまいものせいでやたらと腹が膨らむが仕方ない。

終点の手前、通洞は足尾銅山観光の拠点であり、足尾には温泉も湧いている。そちらで下車したい気持ちもあったが、夜は宇都宮泊まりと決めていたので今回は諦める。足尾銅山は、施設見学や廃墟が好きな人ならば一日いても飽きないだろう。次に来る口実ができたから、これはこれでいいのである。

間藤は故・宮脇俊三氏が国鉄全線の乗り潰しをした際の終着駅だ。駅舎にはその旨を告げる掲示があり、宮脇氏の自筆原稿も飾られていた。本当ならばここで上り列車が行ってしまった後の静寂を一時間楽しむつもりだったのだが、一本乗り遅れたせいで予定が押してしまっているので仕方ない。滞在わずか二十分で、今来た列車に乗って戻る。もっとも、間藤まで来たすべての乗客が同じ行動をとるわけではなく、残った人もいた。ここから東部日光までバスも出ているのである。どうせ宇都宮に行くのだからそのコースにも惹かれたが、予定通りに戻る。というのも、水沼駅に寄りたかったからだ。水沼駅には構内に温泉施設があるのである。

構内で温泉入浴ができる駅といえば、以前の中央本線下諏訪駅がそうだった。今は足湯だけになっているが、以前は小さな湯舟が備えつけられていたのである。ホームから剥き出しというだけではなくて、ちゃんと仕切られた壁の向こうで服を脱ぐのだが、それでも人の視線を感じるようでやや落ち着かない風呂だった。水沼駅温泉センターはそれよりも規模が大きく、売店やレストランなども併設されている立派なものだ。サウナもあり、いようと思えば数時間は過ごせそうな場所だったが、五月に大病して以来、長湯をすると起立性貧血で倒れかねない体質になってしまった。三十分ほどで慌ただしく入浴を済ませ、再び車上の人となる。

温泉センター入口。水沼駅上りホームと直結している。

終点の桐生まで行って、わたらせ渓谷鉄道とお別れする。この駅でまた時間が空いてしまったが、特にすべきこともない。愛読している「全国駅そば選手権」という駅そばの専門サイトによると、桐生駅にはわたらせ渓谷鉄道ではここにしかない、そして新前橋駅を除けば両毛線でも唯一の立ち食いそば屋があるのだが、この六月末で閉店してしまっていた。個人営業の古本屋と駅そば屋は天命が尽きるかのようにどんどん無くなっている。

桐生駅の近くには古本屋もある。行ったことはないが、奈良書店といって美術系に力を入れているお店らしい。ただし徒歩十分を往復するほどの余裕はなく、残念ながらこれも次回にお預けということになってしまった。

仕方がないので駅周辺をぶらぶらしながら子供とどうでもいいことを話す。

「お店が無いねえ」

「無いねえ」

「居酒屋しか無いよ」

「ランチもやっているみたいだけど、食べないでしょ」

「食べない(さっき列車の中で持参したお弁当を食べたのである)」

「ここ、山賊焼きって書いてあるよ」

「山賊焼き?」

数ヶ月前、松本に行った際、同じ名前の料理を子供は食べた。鳥の半身揚げのことで、量の多さにびっくりしていたのである。しかし、先日高崎駅の土産物屋で見かけたが、群馬県の山賊焼きはたしかそれとは違うものだったはずだ。

その旨を言う。

「どう違うの」

「ええと、どう違うかというとだね」

居酒屋の店頭に置いてあるメニューをめくってみる。

「山賊焼き、と壁に書いてあるけど」

「メニューに出てないね」

「出てない」

「騙された」

「お店の人に聞いてみる」

「いや、そこまでしなくてもいい」

「だよねえ」

両毛線上りは、あと三十分は来ないのである。

(つづく)

桐生駅にて。古本屋には行けなかったので、代わりに駅にあったまちなか本棚の写真を。

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