チミの犠牲はムダにしない! その6『悪趣味ゲーム紀行』がっぷ獅子丸

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杉江松恋のチミの犠牲はムダにしない

第6回 『悪趣味ゲーム紀行』がっぷ獅子丸(マイクロデザイン)

 私はゲーム業界についてよく知らない。その業界で働いている知人もあまりいないのである。この欄で次回取り上げる予定の『日本文学ふいんき語り』(双葉社)の著者である米光一成さんが、存じ上げている中ではもっとも有名なゲーム関係者なのだが、よく考えたら私は、米光さんにゲームのお話をうかがったことがあまりない。もう一人、高校時代の後輩・K君が有名メーカー某社に入社したらしいのだが、風の頼りではすでに転職したとの話だ。私の印象に残っているK君の逸話は、高校時代、部活の合宿でたまたま女子部屋に入ることになり、敷居をまたいだ瞬間に「うーん、女子の匂いがする!」と叫んだら、中にいた女子生徒に性犯罪者を見るような目で睨まれたという素敵なもので、この人をゲーム業界の代表として考えるのにも無理があるような気がする。

がっぷ獅子丸さんは、そんな私にゲーム業界のなんたるかを教えてくれる貴重な人だ。がっぷ獅子丸って、あのがっぷ返しの……と、昔少年チャンピオンに連載されていた世にも珍しいアマレス漫画のタイトルが頭に浮かぶ人はもうおっちゃん(ちなみに漫画のタイトルは『がっぷ力丸』だ)。プロフィールを見るとがっぷさんの生年は1968年で私と一緒。『がきデカ』やら『マカロニほうれん莊』が連載されていた「少年チャンピオン」黄金期直撃世代であるらしいが、中でもマイナーな存在だった『がっぷ力丸』を筆名に選ぶセンスは素敵というか何というか。しかし『悪趣味ゲーム紀行』という書名には非常にふさわしいものであることは間違いないですよね。

書名がすべてを表現しているが、これはつまりゲーム批評の本である。批評というのはちょっと違うかな。遊んで楽しいことが純粋な「良いゲーム」の定義だと思うのだが、この本で注目しているのは、そういう良さや悪さの尺度ではないからだ。「悪いゲーム」ではなく、「悪趣味なゲーム」。この二つは明らかに違うものである。解りやすい喩えを挙げると、例えば『いま、会いにいきます』のヒロイン・澪(映画で竹内結子がやって中村獅童と本当に結婚しちゃった役ね)を、市原悦子に演じさせるようなものだと思う。市原悦子は間違いなく「良い」演技をするだろう。しかしそのキャスティングは明らかに「悪趣味」だ。これが「悪趣味」の定義なのである。

現在『悪趣味ゲーム紀行』は三巻まで刊行されていて、信じられないような悪趣味ゲームが何本も紹介されている。がっぷさんの文章が可笑しいこともあって、それらのゲームは非常に魅力的に見えるけど、頭を冷やして考えてみるとどれも無茶苦茶なゲームばかりである。ちょっと例を挙げる。

・ゲーム中の登場人物の台詞が「この人のセリフは犯罪を助長するような内容でしたのでカットしました」「この人のセリフは非常に猥褻なものだったので、カットになりました」と、何らかの検閲に引っかかったことは間違いない恋愛RPG「ラブクエスト」(『1』)。

・マップ上では普通に描かれているゲームキャラが宿屋に泊まったりして夜になると突如個性的な面相の声優アイドルに変身してしまう無体なRPG「ボイスファンタジア 失われたボイスパワー」(『2』)。

・生首だけになったヒロインと「無償の愛」を育むことを要求され、首から下がある普通の女性と浮気をすると地球が滅んでしまうという韓国製恋愛育成シミュレーション「TOMAK-SAVE THE EARSH-」(『3』)。

などなど。こうして書くと冗談みたいだが、多分本当に冗談なのはゲームの製作者の思考回路の方なのだろう。その他の悪趣味ゲームの詳細に関しては、ぜひ本文を。ちなみに、『悪趣味ゲーム紀行3』で紹介されている「シベリア抑留帰りの主人公がラーメン屋を開く人生シミュレーションで、鼻歌のリズムを頼りにひたすらラーメンを茹で続ける以外にプレイヤーの操作はほとんどない」「ラーメン橋」は、あまりにおもしろそうなので実際にゲームソフトを買ってしまい、三年ぶりぐらいにプレイステーション2をリージョンコードの違うDVDの再生以外に使用することになったのは私です。

さて、『悪趣味ゲーム紀行』のもう一つの楽しみは、最初に書いたようにゲーム業界人のいろいろな裏話が、かなり誇張された形で紹介されていることである。がっぷ獅子丸さんの本業はゲームの企画拳プロデューサーらしいが、内部の人間から見たゲーム業界の素敵すぎるエピソードが、「ゲーム業界に就職することを夢見る少年がっぷちゃんとプロデューサー獅子丸先生」のかけあいの形で紹介されていて、激しく笑える。

またがっぷさんがさ、剣呑なことをさらりと書く人なのだ。『悪趣味ゲーム紀行』のあとがきで、本来書かれるはずだった文章に続けて「と、言うのが当初のスケジュール通りに刊行される事を前提としたあとがきだったんですよ」と突然裏話を始め「いやー今回編集して戴いたマイクロデザイン斎藤編集長様の、ドンブリどころか釣り鐘かと思うくらいの超アバウト進行のお蔭で、僕2万回位この女、即レイプして殺そうかとも思いましたが、いとも簡単にスケジュールをロストする斎藤様に「聞いたことは直ぐにメモしなさい」とか「忘れるなら爪にマジックで書きなさい」とか30過ぎの人間の会話でしょうかと思いつつ説教しながら泣く泣く夜中に足りない原稿を書いている記憶しか無いのは何故でしょう」と言い放つのだから圧巻、いや悪漢である。

この手の凶悪テイストが本書には満ち溢れており、『吐きだめの悪魔』(飲むと体がドロドロに溶けるワインを口にしてしまった浮浪者たちがウガーとちぎれた体の部品を奪いあうバカホラー)クラスの破壊力がみなぎっている。たとえば原作つきゲームという話題で、「あとね、版権元がゲームの企画について内容が、原作のイメージを壊してないかちゃんとチェックするんだけど時として大変なんだよ…。原作の漫画家が中途半端にゲームに詳しくて、企画にアレコレ口だしちゃー支離滅裂な要求出して、結局出来上がらなかったゲームがあったな…」「素直に卓球のゲームにでもしとけば良かったのにね」というくだりは、どう見ても「★け! ★中卓球部」のことを指しているように見えるし(『2』)、「昔から大手でもいわゆるイタダキはあったんだ。昔アーケードのレースゲームでもプラカードをもった女性のキャラがペントハウスのグラビアそのままだったとかあったからなあ。当然無許可で」(『1』)だの、「今を逆上る第1回AMショーで虫がいっぱい上から落ちてくる某有名ゲームが出展され」た際「大胆不敵にも会場職員のフリしてその場から筐体ごと盗んだ奴がいて暫くしたらそのゲームのニセモノが恐ろしいほど出回ったらしいんだけど、その筐体を運んでったニセ職員の一人が現在某ゲームメーカーの社長だったりするという」(『1』)、洒落にならない実話やら噂話を披露しまくる姿勢はゴンゾ・ジャーナリズムのお手本のようで素晴らしすぎます。獅子丸先生と呼ばせてください!

そうかと思えば、ゲーム制作現場の悲惨な実情を紹介する筆にも力が籠もっている。「あるメーカーでアーケードゲームの移植を開発会社に委託」した際「メーカーのプロデューサーが頭に「キ」が付くようなマニアで」理不尽なリテイク修正要請が相次いだためにプログラマーが「ハジけちゃって、開発中のプログラムの入ったハードディスク、金属バットで叩き壊したまま失踪。ゲームはそのままオクラ入り」になった話(『2』)だとか、開発スタッフの中に「ポリシーじゃないかっちゅー位風呂入んないヒトがいて」他のスタッフに「獅子丸さん、彼の周りだけ空気に味があるんですけど」と訴えられた話(『1』)だとか、宮藤官九郎の書くコントさながらの話がいっぱいなのである。

だがもちろん、がっぷ獅子丸先生は漢なので他人の間抜け話を暴露するだけではなく、自分自身に関わることもきちんと報告する。それも「業務用実写格闘ゲームを制作中、本物の炎を使った実写映像をキャプチャーしたらいいのではないかと思いつき、ジャンケンで負けたスタッフに防火服を着せていざ着火しようとしたら、通報で飛んできた警察に連行されてたっぷり油を絞られた」話であるとか、「ゲームキャラクターの撮影をするため、さる超有名歌舞伎役者から本物の獅子頭を借り出したところ、メガロマン(知ってる?)の真似をして遊んでいたために面を落として割ってしまい、やむをえずパテと田宮プラカラーで補修して内緒で返した」話であるとか(どちらも『1』)、それぞれ犯罪級の気まずさである。この辺も「前科なんざ漢の勲章なんだ」とばかりにロックンロール・スピリッツを貫く内田裕也―安岡力也(現・力也)ラインの哲学が透けて見えるのである。あ、いや別にがっぷさんに前科があるというわけではないですけど。こういう漢になれるなら、自分もゲーム業界で働いてみたいと思ってしまいましたよ。

がっぷさんにはこの他『ゲーム業界のフシギ』(太田出版)という著書がある。学研の学習漫画のパロディになっていて、『悪趣味ゲーム紀行』のがっぷちゃんと獅子丸先生に代わるキャラクターとして、がっぷ博士とシシ雄くん・マル美ちゃんが登場している。ゲーム・レビューではなく、ゲーム業界ちょっといい話が中心の本なので『悪趣味』で関心を持った人にはお薦め。

また、『悪趣味ゲーム紀行』からの派生本として『悪趣味エロ紀行』(キルタイムコミュニケーション)があり、こちらはエロ素材を「悪趣味」の切り口で扱った本である。悪趣味エロとはつまり何かというと、本来松島かえでが演じるべき役柄を市原悦子が……って、その喩えはもういいですかそうですかすいません。こちらの方は素材がエロであるだけに、もしかすると全国の十八歳未満のよい子も見ている可能性のあるゲッツ板谷WEBで紹介するのは自粛するが、中の検証レポートに大笑いしたということだけは明記しておきたい。これは催眠術で「自分の潜在意識に、普段我々の身の回りにあるグッズで興奮できるようフェチの魂を注ぎ込み、何げない物でも、一寸した工夫で充実したエロエロ生活が送れる」ようにするという壮大な企画で、準備された素材が(1)「ウルトラの母」ソフビ人形(2)「平成ゴジラ」ソフビ人形(3)MSインアクション「アッガイ」(4)ぐねぐね動く「フラワーロック」(5)プレイステーション専用コントローラ「デュアルショック」の五点。催眠術をかけられて、いい年をした大人がプレステのコントローラを握りしめ「こうして見るとおっぱいですよ」などと目を爛々と輝かしている様が実にボンクラで素晴らしいのでした。

この本のお買い得度:

非常に魅力的な悪口雑言に満ちた本だが、むろん読んでいてむかつくような内容ではない。笑いのオブラートに言葉がくるまれていることもあるが、何よりも著者が現場の人であるという要因が大きいように思う。現場の人間だからこそ感じる理不尽や愚行に対するヤレヤレというぼやきを、大人の言葉にして発信されているのである。悪趣味ゲームをわざわざ紹介しているのも、大作依存で構造的に歪んだゲーム市場を憂えばこそ。というわけで、買ったはいいけど時間がなくて机の中に眠っている「○○XI」だとか「○○8」だとかを売り飛ばして『悪趣味ゲーム紀行』を購入しよう。三冊合わせて税抜3,350円。安い買い物だと思うがどうか。

初出:「ゲッツ板谷マンション」2005年12月4日

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