杉江の読書 bookaholic認定2016年度国内ミステリー1位 真藤順丈『夜の淵をひと廻り』(KADOKAWA)

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夜の淵をひと廻り (角川文庫)

※bookaholic認定2016年度国内ミステリー1位だった本書が角川文庫に入りました。帯にはbookaholic認定1位と謳っていただいております。書店でご確認ください。

交番勤務の巡査を主人公にした連作ミステリーには乃南アサ『ボクの町』(新潮文庫)などの前例がある。真藤順丈『夜の淵をひと廻り』が先行作とひと味違うのは、主人公シド巡査が勤務地である東京郊外の町・山王子に対して注ぐ愛情が些か常軌を逸した度合いで描かれるからである。彼は山王子の住民について可能な限りの個人情報を収集し、それを極秘のファイルに仕舞い込んでいる。殺人事件が起きれば本庁の刑事たちへの協力は惜しまないが、その裏で独自の捜査も進めていく。どれもこれも我が手で町を護るという思い入れがあるためだ。職業は警察官だが、シドは極小の自警団員でもある。その一風変わった位置にいる主人公の視線から怪事件の顛末が描かれていくのだ。

シドは勤務のかたわら手記をつけており、その記述が物語の主幹をなしている。本人は変わって見えないのだが、脇役たちの立場の変化を見れば作中では結構な時間が経過していることがわかる。山王子という町を舞台とした年代記なのであり、シドが守護者たることを決意したのはなぜか、というエピソードも副筋として語られていく。物語の中では時折つじつまに合わないことが起きる。たとえば瀕死に近い重傷を負ったシドが、少し病院で休んだだけで快復したりだとか。そうした小さな矛盾が生じるのは、物語に逆転の構造があるからだ。シドは第二話で自分の身体が裏返るビジョンを見る。それと同様のことが小説の中でも随時起き、シドの夢想が現実と入れ替わったり、融和したりして境界が曖昧になる瞬間がある。シドの意識を通じて世界を見ている読者は、その逆転に巻き込まれるのである。

個々の話としては現実の事件をモチーフとして用いて途方もない悪意を描いた「悪の家」、スーパー警官たちを脇役に配したアクション編と見せかけて実は、という「新生」などが私は好みだった。特に後者におけるキャラクターの無駄遣いはすさまじく、一見の価値はある。

(800字書評)

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