メキシコ・カルテルの撲滅という使命を奉じる男アート・ケラーと若き麻薬王アダン・バレーラの三十年戦争を描いた『犬の力』(角川文庫)は、喩えるならば麻薬戦争の神話、すなわち神と悪魔の間で繰り広げられる最終戦争を描いた作品だった。その続篇である『ザ・カルテル』の舞台となるのは、もはや神の存在しない世界である。絶対的な力を持つ者が全体を統御できる時代は終わった。麻薬戦争に関わる者たちの思惑はあまりにも多様になりすぎた。己の権益を守るために他を排そうという動きはやがてそれ自体が目的化し、他者を殺すために殺すという無意味な殺戮のみが地上を支配することになる。誰も止めることはできないのである。殺すことを止めた瞬間、殺されるのは自分だからだ。『犬の力』で麻薬戦争の叙事詩を語り終えなかったドン・ウィンズロウは、混沌を言葉として表すという困難な事業に手を染めた。前作完結から十年ぶりの続篇である。
前作と違い本書にヒーローは存在しない。全員が暴力に飲み込まれ、憑かれてしまうからである。暴力を御することはできない。己の力を過信する者に、まず読んでもらいたい。
(800字書評)