街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2016年7月東海道再訪その1日本橋~保土ヶ谷宿

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日本橋。これが道路元標。

(前回の街てくてくはこちら)

おっとっと。

bookaholicの開設記念に趣味の街歩きについて書こうとしていたのだった。「街てくてく」というのはつまり私がいちばん好きなこと、気ままに街を歩いて疲れるまで歩いて、それ以上歩けなくなったら銭湯にでも入って体をほぐして、近くに古本屋があったら寄って、余力があったらビールでも飲みましょう、という暇つぶしについて書くページなのである。

いまさらだけど。

途中で台湾旅行が挟まったので話が中途半端になってしまった。

そうそう。

toukaidoudeshou 前回は、藤田香織さんとの共著『東海道でしょう!』の企画で歩いた東海道五十三次492kmの踏破をもう一度始めることにした、早朝の日本橋から歩き出してかんかん照りの陽射しの中を川崎宿まできたのだけど、

――そして、いくつめかの信号を越えたとき、私はたいへんなことに気づいてしまったのである。

というところで思わせぶりに終わっていたのだった。

思い出した。

で、たいへんなこと、というのは何かという話なのだが、そこで古本屋を見つけてしまったのだった。

なーんだ、と思うなかれ。たいへんなことなんですよ、歩いている途中で古本屋を見つけてしまうというのは。

だって、本は重いのである。

普段街歩きをするとき、私はほとんど荷物を持って行かない。汗をかいたときの着替えとタオル、地図ぐらいのものである。わずかな重量でも疲れたときには負担になる。だから、リュックサックの中は極力空に近づけるのだ。

古本屋なんて寄ったら、本を買ってしまうじゃないですか。

しかもここは川崎の名店、近代書房じゃないですか。

2016-06-20-11-23-55 だいぶ減ってしまったが、川崎駅前には昔から良い古本屋が揃っていた。その中でも近代書房は、野村宏平『ミステリーファンのための古書店ガイド』(光文社文庫)にも立ち寄りたい名店として、「入口近くのガラスケースに並べられた戦前の日本探偵小説や少年小説の稀覯本は目を引く。海外ミステリーもなかなか充実。店頭本には掘り出し物もありそうだ」と罪な紹介をされているのである。実際、数年前にこの店を訪れたときには、ウィリアム・フォークナー晩年のユーモア小説『自転車泥棒』をまさにその店頭本で見つけてしまったのである。嬉しかった。そしておもしろかった『自転車泥棒』。

そんな思い出に浸っていたものだから、まんまと引き寄せられてしまった。

あ、ハヤカワ・ミステリの1000番から1200番ぐらいの本がたくさんある。いわゆるポケミス蒐集家にはあまり人気がないゾーンなのだが、私はこのあたりのポケミスが大好きだ。ネオ・ポラール周辺世代のフランス・サスペンスはだいたいこのへんで訳されているし、いわゆるネオ・ハードボイルドの紹介が始まったころなので、犯罪小説の充実が著しいからだ。

2016-11-08-16-42-54 結局、3冊も買ってしまった。イタリアの警察小説ルドヴィコ・デンティーチェ『夜の刑事』(千種堅訳。1110番)、キャロライン・B・クーニイ『バックミラー』(岡本浜江訳。1371番)、リン・メイヤー『ペーパーバック・スリラー』(後藤安彦訳。1279番)である。一冊100円だ。

他の2冊は持っていたかもしれないが、『ペーパーバック・スリラー』は家にないはずである。そしてちょうど読みたかった本だったのだ。だってこの本、異常におもしろそうに紹介されているのである。

ちょっと『ハヤカワ・ミステリ総解説目録』の文章を引用する。

――精神科医のサラが退屈しのぎに空港の売店で買った一冊のペーパーバック。さっそく機内でページをめくりはじめた彼女の眼はある箇所に釘づけになった。主人公が侵入する診察室の描写が細部にいたるまで自分のところと酷似していたのだ。誰が何の目的で? 不安を感じながらも女医は事件を追いはじめた……傑作サスペンス。

ね、おもしろそうでしょう。

リン・メイヤーは社会改革の運動家が本職で、1975年に初めて書いたこの本でアメリカ探偵作家クラブ新人賞候補になった(受賞はレックス・バーンズ『白の捜査線』角川書店)。夫は編集者兼作家のデヴィッド・R・スレーヴィットで、本書も「デーヴィッドに」との献辞付きである――というのは真っ赤な偽り。実はリン・メイヤーはスレーヴィッドのいくつかある筆名の一つらしいのである。つまり、自分で自分に献辞を送っているわけだ。

2016-11-08-17-21-25 後藤安彦氏の訳者あとがきも「女性にしか書けないサスペンス・ストーリーというものがもしあるとしたら、この『ペーパーバック・スリラー』はまさにその典型といえよう」と、まんまとスレーヴィットの手に乗せられてしまっている。もっとも刊行当時は作家の情報も少ないし、ご覧のように著者近影までついているのでいっぱい食わされても仕方ないのである。実際に作品を読んでみると、主人公が自分の診察室に侵入者があったことを精神的な強姦と受け止めるというくだりがある。後藤氏はそこを女性らしさと受け止めたわけだろう。精神科医の患者支配を軸にした小説で、スリラーとしては「あ、そっちに行っちゃうと話が小さくまとまっちゃうな」という感じの展開である。おもしろく読んだのだけど、あらすじ紹介で期待したほどではなかったな。

スレーヴィットはリン・メイヤー名義のミステリーをこれ1作で終わりにしたらしくて、他に作品はないと思う。ヘンリー・サットン名義で翻訳書が出ているので、気になる人は検索してみること。

というわけで、近代書房ではなんとか3冊に抑え(『バックミラー』もおもしろそうです)、また歩き始めたのであった。この日は6月20日で、もう夏も本番に入りつつあるころであった。

現在移設中の生麦事件の碑。

現在移設中の生麦事件の碑。

近代書房を過ぎると東海道はJR川崎線を八丁畷駅あたりでくぐることになる。そこから西へしばらく行き、京急鶴見駅でまた線路と交差する。この駅前には閑古堂という古本屋があるのだが、あいにくというか運よくというか、この日は閉まっていた。さらに行けば生麦事件碑、しかし現在は工事中のため、石碑自体が少し離れた場所に移設中である。たしか『東海道でしょう!』で歩いているときも仮屋が建てられていたから、工事はだいぶ長引いている。

東海道本線及び京急電鉄と街道は平行して伸びている。だんだん増えてくるのが寺で、これは道の北側だけに集中している。それもそのはずで、南側は本来海だったからである。頻繁に寺を見るようになると東海道第2の神奈川宿に入ったことになるが、当時を偲ばせるような眺めは寺社以外皆無である。JR東神奈川駅と京急仲木戸駅の周辺は2016年11月5日の「出没! アド街ック天国」で紹介されたから観た人もいるかもしれない。

本覚寺。駅から見るとかなりの高台にある。

本覚寺。駅から見るとかなりの高台にある。

右に入って宮前商店街、その中程にあるのが洲崎大神で、鳥居の正面の坂を下ると、そこはかつて港の荷揚場だった。すぐそこまで海が来ていたわけである。商店街を抜けきって東海道本線の跨線橋を渡ってしまう。正面の高台に建てられている本覚寺は、かつてアメリカ領事館として使われていた。

東海道はここから高台を這いあがるようにして続いていく。高層マンションが並ぶ住宅地だが、かつてはこの道の海側に宿が軒を連ねていた。そのうちの一軒が、建物こそ改築されただろうが今も料亭として残っている。いったん上った坂がやがて下りに転じ、陸橋上台橋の付近で神奈川宿の西側の終わりとなる。

ここからは閑静な住宅地だ。前回歩いたときに間違えた付近でまたもや迷いそうになるも、なんとか記憶を蘇らせて正しい道に戻る。やがて見えてくるのが、京急天王町駅前の商店街だ。賑やかなその中に東海道第3の保土ヶ谷宿の江戸方見附、すなわち東側の入り口がある。京急のガード下を抜け、JR保土ヶ谷駅を左に見ながら進んで国道1号線とぶつかった地点がかつての本陣である。今日はここまででおしまい。

第二常盤湯の風情あるたたずまいとほくそ笑む私。

第二常盤湯の風情あるたたずまいとほくそ笑む私。

検索してみたところ、JRの駅前にちょうどいい銭湯があることがわかった。東海道を左に入り、かなり細い路地の行き止まりにある。初めての人はちょっと不安になるくらいに奥まったところにある銭湯だが、ひなびた感じで実に良い湯であった。第二常盤湯、次に来るときも覚えておこう。

本当は駅の近くで一杯やっていきたいところだったが、疲労がはなはだしく、おとなしく帰宅することにする。この日の歩数は57,909歩、33km弱を歩いたのだった。横浜駅で崎陽軒のシウマイ弁当を買い、ビールはおうちで飲みました。

2016-06-20-18-36-31

シウマイ弁当をぜひ世界遺産に。

シウマイ弁当をぜひ世界遺産に。

(つづく)

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