杉江の読書 『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿1』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)

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%e7%aa%93%e8%be%ba%e3%81%ae%e8%80%81%e4%ba%ba マージェリー・アリンガムの創造した名探偵譚をまとめた作品集〈キャンピオン氏の事件簿〉、第一弾は2014年に刊行された『窓辺の老人』である。本書に初期短篇、第二弾の『幻の屋敷』に中後期といった具合に、ほぼ発表年順に作品は配置されている。巻頭の「ボーダーライン事件」は、江戸川乱歩が『世界短篇傑作集3』に採ったことでも知られる傑作で、改めて読むとその鮮やかさに惚れ惚れさせられる。衆人環視の密室が出てくるのだが、短い語数の中で意外極まりない落ちがつく。単純明快ながら、どうしてもこの作品の印象が強くなってしまうためか、類似のトリックで比肩すべき出来のものはあまり見ないように思う。

表題作は、クラブの同じ窓辺に置いてある椅子に毎日必ず座っている老人がいる、という状況設定から始まるものだ。謎解きもさることながら、クラブという日本ではあまりなじみのない舞台設定と、そこでの人物描写に味がある。アルバート・キャンピオンは他の名探偵キャラクターのように奇矯な特徴を与えられておらず、どちらかといえば平凡な外見の人物なのだが、それだけに滲み出るような人柄の魅力がある。それがよく出たのが「未亡人」という短篇だ。この作品と「懐かしの我が家」の2篇は、犯罪者が悪だくみをする現場にキャンピオンが乗り込んでいって潰す、という同じ構造を持つ話なのだが、本篇ではしてやられて悔しがる悪党に探偵がこう返す場面がある。

――キャンピオンはにやりとした。「そこがきみより、ろくに特徴のないぼくのほうが有利だった点だよ」

職業的犯罪者が出てくる話が多いことに気づくが「怪盗〈疑問符〉」は、キャンピオンが事件に巻き込まれる経緯が入り組んでいて、単純な探偵対犯罪者という図式に収まらないのがおもしろい。この魅力を十二分に楽しむためには訳者に喜劇的センスが求められるはずで、その意味では猪俣美江子は最適であった。過去最高のアリンガム訳者だ。

(800字書評)

→『幻の屋敷 キャンピオン氏の事件簿2』の書評を読む。

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