書評の・ようなもの 町中華とはなんだ・その1

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%e7%94%b7%e3%81%8a%e3%81%84%e3%81%a9%e3%82%93 町中華、と言われて僕が即座に連想するのは、松本零士『男おいどん』の主人公、おいどんこと大山昇太が行きつけとしているほぼ唯一の店、佐渡酒造に似た(というかほぼ同一キャラ)店主がひとりで切り盛りしている中華飯店だ。おいどんはここで忸怩たる思いを飲み込むようにしながらラーメンライスを食うのである。

自分自身の思い出に残る町中華といえば生まれた街である府中駅前にあった栗林飯店である。現在は駅前全体が再開発の対象となってしまったために跡地さえなくなってしまったが、かつては府中銀座内に一軒と、高架になる前の線路際に一軒、計二軒の栗林があった(二店の関係はわからない)。線路のほうは残っているが、商店街内にあったほうは現在、食堂形式を止め販売のみの店、くりばやしとして存続しているようだ。ここのスタミナ餃子はとてもニンニクが強く、翌朝まで匂いが残っていたりする。僕にとっての餃子とはこの栗林飯店の餃子だ。もう一軒、府中の駅前にはラーメン特一番という旭川に起源を持つ店がある。再開発で元の位置からどいたが、これもまだ営業中だ。十代のころまで、僕にとってラーメン専門店といえばこの特一番だった。子供のころ保育ママに預かってもらっていた時期があったが、そこの親父さんがここの厨房に入っていたことがある。そんなこともあって、身内感さえ感じる。専門店で町中華ではないのかもしれないが、僕にとって町の大事な店だった。

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じゃあ、町中華ってなんだろう。

%e7%94%ba%e4%b8%ad%e8%8f%af%e3%81%a8%e3%81%af%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a0『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(立東舎)の著者の一人である北尾トロの文章を引用する。

――[……]ぼくが強硬に言っていたのは、「カツ丼がないとダメ」だったし、その後も「カツ丼とカレーとオムライスが揃っている店」と言い直したかと思えば「定食も欲しい」と訂正。「駅前の店限定」「単品はあってもエビチリはない」、あげくは「床が少しぬるぬるしている店」などと迷走を繰り返した。

町中華の定義というよりはそれをどうしていいかわからずに困っている文章だが、言いたいことはなんとなくわかるだろう。要するに、今は主流となっているラーメン専門店ではなく、かといって本格的な中国料理店でもない、その間にふらふら揺れている大衆的な中華料理店のうち、ある条件に合致するものを「町中華」と呼びたいが、今のところどうしたらいいかよくわからない、と北尾は言っているのである。厳密な定義のないものに枠組みを与えようとしているのだから、困るのは当然といえば当然だ。私だって確固たる町中華の定義を挙げろと言われたら、五分ぐらいうんうん唸った後に「『男おいどん』の店」と答えると思う。

この『町中華とはなんだ』という本は、トロさん(この文章の性格として知っている人を呼び捨てにするのがなんとなくしっくりこないので、ここからは敬称付きで書かせてもらう)がこのところ熱心に行っている「町中華探検隊」の活動を報告するルポルタージュである。上に引いた文章の前に、町中華探検隊とはなんぞや、という定義についてはちゃんと書かれている。曰く、

「減りゆく町中華を記録、記憶することを目的とし、食にとどまらず、その面白さを多面的にとらえて後世に伝える活動をする親睦団体」

とある。

プロローグの下関マグロさんと、第一章「われら町中華探検隊」の北尾トロさんの文章にそれぞれ発足の経緯が書かれている。かつて高円寺に大陸という名の町中華があった。それがいつの間にかなくなっていることにショックを受けたトロさんが、マグロさんを誘って同じような町中華の店を食べ歩くことを始めたというのがきっかけらしい。

そういえば季刊誌「レポ」がまだ刊行されていたころ、そのweb媒体内の連載「ヒビレポ」で、マグロさんがトロさんとゆかりの街を歩くという企画をやっていた。最初はその延長のような形で町中華探訪活動を行っていたのだそうだ。それがいつの間にか発展し、探検隊も人数が増えて定期的に活動するようになった。

見ればいつの間にか「町中華探検隊が行く!」というブログまで立ち上がっているし、同じ題名で「散歩の達人」にもトロさんたちは連載を持っている。そのへんの事情も、「町中華とはなんだ」に書かれているのである。

ちなみにこの本の共著者はトロさん、マグロさんと、隊員ナンバー四番(新田恵利!)である竜超さんだ。竜超さんは伊藤文学から受け継ぐ形で「薔薇族」の編集長をやっている方で、僕はトロさん主催の忘年会か何かでお会いしたことがある。なんとなく年下だと思い込んでいたが、僕よりも四つ上だった。竜超さんは、自分は大食いである、と主張して探検隊に入れてもらったのだが、入ってみて実はたくさん食えるのは肉類だけで、炭水化物はそんなに入らないことに気づいたという。やむなく現在は、酢豚定食を中心に肉類メニューを攻める専門家に徹していると、第2章にある。

――ただし、町中華のそうした肉々しい愛は万人に受け入れられるものではない。そこで使われてる肉は近頃ブームの上質部位ではないし、化調たっぷりで味もしょっぱい。油もたっぷりで、へたすりゃギトギト。以前にボリュームたっぷりの酢豚を食べ終わって皿を見たら、余剰の油が水たまり状態になっててビックリしたことがあった。まさに昨今のオーガニック志向、ヘルシー志向の対極をゆく在り方だが、町中華の場合はこれでいいのだ。否、これがいいのだ。

わかる。わかるけど大丈夫か竜超さん。

(つづく)

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