杉江の読書 アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦訳/ちくま文庫)

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机の上はきちんと整%e3%83%ad%e3%83%ab%e3%83%89%e3%81%ae%e6%81%90%e6%80%96%e5%8a%87%e5%a0%b4理整頓されている。置かれているのは、劇薬入りのビーカーに、メスや剪刀。しかし、安定が悪い。机の脚がぐらぐらしているのだ。ちょっときっかけを与えるだけで、それらは動き出す。机の前に座るあなたを目がけ、降り注いでくるだろう。

アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』はまさしくそうした小説集である。20世紀初頭のパリでは凄惨と言うしかない恐怖芝居が好評を博していた。そこで恐怖の対象となるのは昔ながらの怪奇現象ではない。人間が生み出した科学技術、あるいは近代の新たな知見を得た人間そのものが惨事を引き起こすのだ。医学の進歩は多くの命を救ったが、負の側面に心を奪われる者はそこに、手術の失敗や、医師によって発見された新たな狂気といった要素を見出してしまう。それに加えて群れの中に潜む殺人鬼の恐怖。異常者と一般人の境界というものはなく、誰もが一歩間違えば残虐な行為に手を染める可能性があるという理解は、妄想の源泉にもなった。グラン・ギニョルとはそうした人間の負性を反映した演劇であり、劇作家ロルドはその申し子であった。本書には彼の掌編22が収められている。

本書の特徴を現した作品として、たとえば「高名なトリュシャール教授」を挙げておきたい。教授は肝管手術の新しい技法を開発したとして名声を得るが、一方で彼の示すデータは捏造されたもので、患者はことごとく死んでいると批判する声もあった。ある日教授は、意外極まりない形でその審判を仰ぐことになるのである。この一篇や「助産婦マダム・デュボワ」の結末を読むと、血まみれの情景が目に浮かぶと同時にどうしようもない絶望感がこみあげてくる。「恐ろしき復讐」の壁に肉塊を叩きつけるような終わり方にも圧倒される。読者は、だらりだらりと垂れてくる黒い血をなすすべなく見つめることになるのだ。どの物語も最後に現れるのは死の影である。その暗さに改めて気づかされる。

(800字書評)

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