街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビールEXTRA4

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俗世を離れお茶を楽しむわたくし。

俗世を離れお茶を楽しむわたくし。

台湾滞在も四日目に入った。8月17日である。

妻は見逃した場所もあるとかで北投散策に出かけていったが、私と子供は惰眠をむさぼる。昼近くにチェックアウトできるホテルなのである。大浴場もあり、貸し切り状態だったのでゆっくりつかったあとで、敷きっぱなしの布団でゆっくり眠った。温泉旅館に来たら、せかせかせずに休養しなくちゃね。

ホテルを出てMRTで台北駅まで戻る。今夜の宿泊先は近くなので大きな荷物を預かってもらい、駅に引き返して今度は台鉄に乗った。台北駅から約1時間程度で瑞芳駅に着く。台湾の北東部である。ここからバスに乗れば、約20分で山腹の街九份だ。「份」は環境依存文字なので表示されていないかもしれないが、にんべんに「分」と書く。

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九份の寺院。

九份一帯は、金の産地として20世紀に栄えた。もともとは静かな山村だったのに、ゴールドラッシュ状態になり、街の姿は一変したという。1971年に廃鉱となり、また静かな日常が戻ってきた。バスで九十九折りの坂道を登っていくと、急な斜面にへばりつくようにして集落が形成されているのがわかる。けっこう大きな寺院も建てられており、屋根に飾られた神将たちが麓から上がってくる敵軍を威嚇するかのように鉾を振り立てているのが見えた。

道の左右に土産物屋が立ち並ぶ光景は箱根山などで見慣れたものだ。そこここに見晴らしのいい場所があり、大勢の人が写真を撮るなどしてたむろしている。坂道を突っ切るようにして急な階段道があり、これが街のメインストリートだ。そこに交差している基山街は、細い石畳道の両脇に軒を接するようにして土産物屋が並ぶ通りで、名物の魚のつみれ団子スープや、お茶を売る露台から勢いよく売り声が響いてくる。

街の一番人気は映画「悲情城市」のロケ地で有名になった店で、現在はそれにあやかって店名も同じ悲情城市に改めている。夜になると赤い提灯がいくつも下がり、情緒ある眺めになるというのである。街の通りをその無数の提灯が埋め尽くしている。灯りが一斉にともればさぞや壮観だろう。

下方に悲情城市が見える。

下方に悲情城市が見える。

その人気店まではいかず、途中の九份茶坊という茶館で休ませてもらった。ここは一人あたり100元以上の注文が必要で、茶葉を選ばせてそれをポットで提供するという形式のサービスをしている。お茶葉は安くて600元である。高いようだが(といっても日本円では2000円にも満たない)、買った茶葉で何度もお茶を淹れることができるし、それが余れば持って帰ることもできるしで、いられる時間を考えると結局は割安なのだった。変な店に入るよりはよっぽどいい。ここで夕陽を眺め、夜になって提灯に

店内は風情のある作りになっており、斜面の建築であるためかエントランスとレジがいちばん高い位置、茶を喫する客席が階段を降りたところにあり、その先がテラス席、階下には茶器の工房などがある。このテラス席から日没が眺められるようになっているので、当然ながら観光客がどんどん入り込んでくる。そのたびに店員が、

「お茶飲みますか」

「ここはお茶を飲む場所です」

「見学だけは下(工房)でお願いします」

と撃退するのである。言葉だけを見るとつっけんどんな言い方に見えると思うが、そこは語彙の問題だろう。すべて日本語の対応であることからもわかるとおり、入ってくる客の9割が日本人、残りが韓国人という比率なのであった。

ここで夕陽を眺め、夜になって提灯に明かりが入るのを見届けて帰った。

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猫と目が合った。

日が沈むと、大半の店は閉まってしまい、原色に飾りつけられていた基山街は本来の色合いに戻る。山間の街の常として道は曲がりくねり、その隙間から細い路地が伸びている。賑やかな夜の顔もいいが、こうした夜の顔も悪くないと思ったのであった。

台北まで戻り、駅前で投宿。

41kNhFFCjuL._SY346_ 九份茶坊でずっと読んでいたのも、前日に引き続きレックス・スタウトである。中編集『黒い蘭』(グーテンベルク21)には表題作と「殺しはツケで」の2編が収録されている。「殺しはツケで」は、ウルフとグッドウインが殺人の罪を着せられた上に死亡し、その娘から濡れ衣を晴らす依頼を受けるという話だ。非協力的な証人たちをいかにウルフに会わせ、尋問の機会を作るか、というのがこのシリーズの読みどころになるのだが、本作ではウルフがとんでもない奇手をとる。依頼人の娘に不利な情報を流したとおぼしき関係者をかたっぱしから名誉棄損で告訴してしまうのだ。気の毒なことにその中には捜査にあたったクレーマー警視まで含まれる。そうやって関係者を慌てさせておいて事態が紛糾している中で仕掛けを行うわけである。

「黒い蘭」はウルフの蘭好きが災いを引き寄せるタイプのプロットで、新種の蘭を譲ってもらおうという下心のせいで探偵は事件に巻き込まれる。女嫌いのはずなのに二人も女性の証人をかくまったり、いろいろとおもしろい点はあるが、本作の特色はなんといってもその結末にある。ネロ・ウルフという男の凄味が如何なく発揮された作品なのである。

(つづく)

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