書評 一覧

幽の書評vol.18 フリードリッヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』

世界に充溢する黒い空気を克明に描く作家 繊維業者のアルフレード・トラープスが運転していた自動車が突如エンストを起こし、彼は修理が完了する翌朝まで足止めされてしまった。宿を提供してくれた老紳士に誘われ、トラープスは館で行われる夜会に参加することになる。主人を含む四人の老人とトラープス、男だけのささやかな集まりだ。その席上で主人は変わった申...

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幽の書評vol.17 飴村行『粘膜戦士』

幽の書評vol.17 飴村行『粘膜戦士』

閉鎖社会の恐怖を嘲笑とともに描き出す 陸軍軍曹・丸森清は、金光大佐から内密の呼び出しを受け、執務室へと足を運んだ。直立不動でその命を待ち構える丸森に、彼は言い放つ。「本日一四〇八、ベカやんこと丸森清軍曹はこの場において、ワシの勃起した陰茎を右手でしごき、可及的速やかに射精させよっ」 悪夢の命令に対し、丸森は『極めてグロテスクな牛の乳絞り』として...

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幽の書評vol.16 三輪チサ『死者はバスに乗って』

幽の書評vol.16 三輪チサ『死者はバスに乗って』

ジャンルを横断する圧巻のデビュー作 ある日街中で、そこにはいないはずのものが見えるという怪事が起き始める。幼稚園の送迎バスだ。バスが見える者は限られているが、高校2年生の対馬奈美はその一人だった。彼女の家では、幼いころに死んだはずの弟・マサヤが帰ってくるという異変も発生していた。県警の交通課に属する刑事・梶原は、バスを見てしまったものが起こした...

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幽の書評vol.15 オレスト・ミハイロヴィッチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』

幽の書評vol.15 オレスト・ミハイロヴィッチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』

古代と現代を「妖怪」でつなぐミッシングリンク登場 勇猛なコサックのフョードル・ブリスカフカは、美しい娘・カトルーシャを妻として娶る。だが幸福な日は長くは続かず、ある新月の晩、カトルーシャは怪しげな草によってフョードルを昏睡させようとしてきた。その企みに気づいて夫が狸寝入りをしているとも知らず、彼女は呪文を唱えいずこかへと飛び去ってしまった。新妻...

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幽の書評vol.14 京極夏彦『西巷説百物語』

幽の書評vol.14 京極夏彦『西巷説百物語』

語りの芸のさらに上を目指す妖怪作家 人形浄瑠璃の夜の楽屋で事は起こった。塩冶判官と高師直、『仮名手本忠臣蔵』で使われる二体の人形が、闘争の後のような状態で床に落ちていたのだ。胴体から跳ね飛ばされた塩谷判官の首は、額が二つに割れていた。それはまるで、魂の入りすぎた人形が人気のないのを見計らって相争ったかのような事態であった。一座の人形遣い・豊二郎...

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幽の書評vol.13 小沢章友『龍之介怪奇譚』

幽の書評vol.13 小沢章友『龍之介怪奇譚』

自己と世界に厳しく向き合った文豪の内面を描く 昭和二年七月二十四日、芥川龍之介は最後の小説「歯車」を遺し、服毒自殺を遂げた。背景は謎に包まれているが、芥川は生来病弱であり、加えて数年来は穏やかならぬ精神状態にあったと伝えられている。交友のあった内田百〓は、「あんまり暑いので、腹を立てて死んだのだらう」と、衰弱の果ての悶死という推測を彼らしい諧謔...

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幽の書評vol.12 辻村深月『ふちなしのかがみ』

幽の書評vol.12 辻村深月『ふちなしのかがみ』

声にならない呟きが空間を満たしていく いつか恐い話を書くだろうな、と予感はしていた。辻村深月のことだ。彼女の書くミステリー小説には、声にならない囁きが満ちていたからである。辻村作品を読むと、いつも青春時代の暗い面に思いを馳せさせられる。たとえば『太陽の坐る場所』(文藝春秋)を読めば、行間からアノトキハ言エナカッタ……、本当ノ私ハココニイル人間デ...

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幽の書評VOL.11 高橋克彦『たまゆらり』

幽の書評VOL.11 高橋克彦『たまゆらり』

途切れた記憶が思わぬ魔を呼びよせる 高速で空中を動き回る、黒い玉がある。ビデオ映像などに写りこんだ謎の物体は、たまゆらと名づけられた。〈私〉は、その正体を解明したいという思いに駆り立てられるのだが――。 『たまゆらり』は、不思議現象に取りつかれた男を描く標題作をはじめ、全十一篇を収めた短篇集だ。収録作のうち六篇が年間傑作選のアンソロジーに採られて...

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幽の書評vol.10 東雅夫編『文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船』

幽の書評vol.10 東雅夫編『文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船』

作中の出来事よりも作者の眼差しの方に恐怖する。残酷な運命を描かずにいられない小川未明とは 小川未明は、怖い。何が怖いといって、作者の眼差しが怖いのである。未明は自らの創造した作中人物に、残酷極まりない運命を与えようとする。 本書収録作の「越後の冬」がいい例だ。こういう話である。上越後の山中に、母と二人で暮らす太吉という少年がいた。ある雪の日、太吉...

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幽の書評vol.9 若竹七海『バベル島』

幽の書評vol.9 若竹七海『バベル島』

〈あやし〉のグラデーションが読者を魅了する。読者を思わぬ方向へと連れ去る恐怖小説集 ――梅の樹は生きているもののごとく、多量の樹液をほとばしらせて、どうと倒れた。 若竹七海の最新短篇集『バベル島』の劈頭に収められた「のぞき梅」は、ある旧家の庭に立っていた白梅の木をめぐる奇譚である。夭折した友の家族に招かれ、その家を訪れた主人公が、たまたま梅酒のゼ...

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