翻訳ミステリーマストリード補遺(45/100) ルシアン・ネイハム『シャドー81』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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ルシアン・ネイハムは『シャドー81』を世に送り出して、まさにその一作だけで消えてしまった幻の作家です。次回作を準備中という情報が流れたこともありますが、結局形になる前の1983年12月15日にひっそりとこの世を去りました。彼の本業はジャーナリストでしたが、余技としての創作が輝かしき光輝を放った好例といえるでしょう。『ウィンブルドン』の著者ラッセル・ブラッドンなど、ミステリー界にはこうした作家が時折現れます。

「週刊文春ミステリーベスト10」について触れていただいていますが、『シャドー81』が1位を獲得した1977年当時の状況について付記しておきたいと思います。同じ「週刊文春」が古今東西のミステリー・オールタイムベストに関するアンケートを実施し、公開したのが8年後の1985年8月29日号と9月5日号でした。それまでの名作ランキングは、江戸川乱歩選出のものが依然として支持されており、多様化しつつあったミステリーの現況を視野に入れていないことが批判されるようになっていたのです。もっとも、そのアンケート結果を文庫化した『東西ミステリーベスト100』(旧版)を見ていただければわかりますが、1位に選ばれたのはやはりエラリー・クイーン『Yの悲劇』であり、いわゆる古典本格への尊崇の念強しとの感慨を覚えたものでした。こうした傾向は以降もずっと続き、現代の読者に向けていかに新しい指標を提示するか、という課題はいまだ解消されたわけではありません。

その『東西ミステリーベスト100』より8年も前に本書が1位に選出されていることの意味は非常に大きいのです。『シャドー81』は「現代ミステリー」の象徴として当時の読者には受け止められたのではないでしょうか。何が起きているのかわからない導入部のサスペンス(個人的には吉村昭『戦艦武蔵』を連想します)、事件が起きて犯行計画の全貌が判るまでのスリルとスペクタクル、そして真相を隠蔽しようとする者たちの存在を描いた背景の人間ドラマなど、物語として非常におもしろく、要素が盛りだくさんです。ミステリーという小説形式が、さまざまな実験の場として適していることを広く知らしめたのも、本書の大いなる功績でありました。ルシアン・ネイハムはこれ一作で終わりましたが、『シャドー81』の遺伝子は主に日本において広く受け継がれています。

『シャドー81』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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