翻訳ミステリーマストリード補遺(ミステリー塾6/100) ジョルジュ・シムノン『倫敦から来た男』

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翻訳ミステリー大賞シンジケートの人気企画「必読!ミステリー塾」が最終コーナーを回ったのを記念して、勧進元である杉江松恋の「ひとこと」をこちらにも再掲する。興味を持っていただけたら、ぜひ「必読!ミステリー塾」の畠山志津佳・加藤篁両氏の読解もお試しあれ。

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100冊を選ぶ際、ジョルジュ・シムノンは絶対に入れなければなるまい、と決めていました。しかし、さて、ではどの作品にしようか、と考え出すと迷ってしまう。メグレ・シリーズは、警察小説に「メグレ・タイプ」という類型が出来たほどですから里程標として重要ですが、未読の方に提供するには少し躊躇われました。いわゆる「名探偵もの」と「警察捜査小説」の中間にメグレ・シリーズはあります。メグレの行う人間観察こそが小説の要であり、それを味わうべき作品です。しかしそういった小説は初めてシムノンを読む方にはとっつきにくいのではないか。ゆえに思い切ってノン・シリーズ作品から推薦作品を挙げることにしました。

しかし、良いタイミングで河出書房新社の「本格小説シリーズ」が出ていたものでした。シムノン翻訳の第一人者というべき長島良三による好選書です。加藤さんは「本格小説」=「非ミステリ」と解されていましたが、訳者及び版元の意向は違うでしょう。「これぞ小説」という思いであるはずです。これぞ小説。プロット、人物造形、描写、すべてに非の打ちどころのない「おもしろい小説」が「本格小説」と銘打った理由かと私は考えました。『倫敦から来た男』は、戦前から何度も訳されており、映画化の定番でもある「まさにシムノン」という作品です。お二人も触れておられますが、人間ドラマの描き方、特にまったく合理的ではない主人公の行動は見事というしかありません。加藤さんが「ノワール」の一語にこだわっていらっしゃいましたが、それも故なきことではないでしょう。暗黒小説とはつまり人間の心の未分明な部分、すなわち闇を題材とする作品のことを言うのですから。戦前のアメリカ犯罪小説に起源を持つ「ノワール」ですが、もちろん源流の一つはシムノンからも出ているはずです。お好きな方はぜひ『倫敦から来た男』をご堪能ください。

というわけで次はカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』ですね。お二人はカーをどう読まれるのか。楽しみにしております。

『倫敦から来た男』を畠山・加藤両氏はこう読んだ。

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