街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年12月・学芸大学「飯島書店」

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ライターという仕事は居職だから、机の前を離れると何もできない。人によってはカフェにパソコンを持ち込んで原稿を書くこともできるようなのだが、私は無理なのである。背後にある書棚から適宜参考文献を持ってこないとその先に進めなくなる。そこはネット検索で済ませられない部分で、職人が自分の仕事道具一式と暮らしているのに近い。書棚は仕事道具なのだ。

そういう都合もあって、外出が一日に挟まるとどうしても仕事が捗らなくなってしまう。たとえばそれが夜からの用事だったとしても、出かけなければいけない時刻を逆算してここまでに、と考えただけで、何か不自由な縛られ方をしたようなつもりになるのである。原稿書きはさっと入ってぱっと切り上げられるようなものではなく、没入するための前後の儀式のようなものが必要になる。それを妨げられると、おかしな話、一日何も書けないことも珍しくない。

昨年12月30日は夜にB&Bで1年回顧のイベントがあり、外出が予定されていた。こうなるともう駄目で、朝から仕事がまったく手につかないのである。年末でもう編集部も休みになっていることだし、観念して今日は一日外で歩くことにしようと決意した。

といっても12月30日なので開いている書店はそう多くない。SNSなどに休業の旨を書いてくれていればいいが、何の断りもなしに休みという場合もある。なので、地域を決めてその中でできるだけ多くを訪問し、一軒でも周れればいいということにした。もちろん、すべて徒歩で周るのである。

そんなわけで東横線沿線を歩く。最初に訪ねた祐天寺駅の北上書房はお休み、そこから駒沢通りを歩いて学芸大学駅の小さな古本屋サニーブックスに到達したが開いていない。駅の向こう側の流浪堂はネットに開店予定とあったが、まだ午前中で早かったためかシャッターが下りていた。仕方ない。駅の反対側に戻って商店街を行くと、最近訪ねていなかった飯島書店が開いていた。まず一軒目である。

飯島は店頭の均一棚が充実している。そこでまずハワード・メイナー編『ラスト・アメリカン・ヒーロー スポーツ・コラム』(東京書籍)を拾う。海外のアンソロジーはなるべく手元に置くことにしており、これはジョン・アップダイク「レッドソックス・ファンがキッドに捧げる惜別の辞」が入っているから仕方ないのである。店内に入り、左側の文学棚でスイス文学研究会『現代スイス短篇集』(鳥影社)。持っていないアンソロジーだからこれまた仕方ない。中央に二列ある棚は落語など古典芸能のコーナーもあって充実しているが、今回はここでは何も買わず。が、文庫棚で一つ発見があった。神坂冬彦訳『鞭泣き女学院』(CR文庫)だ。

CR文庫はフィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の幻影』『淫獣の妖宴』を出していることで有名だが、光文社のポルノグラフィ専門レーベルである。『鞭泣き女学院』は〈海外淫虐傑作小説集〉とあるからアンソロジーであり、海外のアンソロジーはなるべく以下略という原則からすると買うのが前提。さらに訳者あとがきを読むと、以下のようなことが書いてある。収録作七篇のうち五篇の作家について

前述した五編のアメリカ作家については、二流どころのハリウッドの脚本家、西武小説や探偵小説(推理小説ではない)のライターの別名義による、いわばリフレッシュメントを兼ねたお遊び作品ということしか不明で、翻訳小説の訳者としては読者に紹介すべき、本名、経歴、作品リストなどのデータがまったくわからないのが残念である。

あ、これは鉱脈が眠っているかもしれない。アメリカのミステリー作家が別名義でポルノを書いている例としてはドナルド・E・ウエストレイクが有名で、その事実をパロディにした『さらば、シェヘラザード』という怪作まである。もしかすると収録作中にも思わぬ書き手がいるかも、と心弾ませて購入を決定する。この件に関しては現在調査中なので、気長に続報をお待ちいただきたい。

というわけで学芸大学編、おしまい。年末のこの時点ではわからなかったのだけど、学芸大学のサニーブックスとは、「本の雑誌」2019年2月号巻頭の「本棚が見たい!」グラビアで思わぬ縁ができた。サニーブックスと拙宅の書斎がグラビアで同時に取り上げられたのである。いつも行く古本屋の棚と書斎の棚が並んでいるのを見るのはおかしな気分であった。よかったら同号でご覧ください。(つづく)

本の雑誌428号2019年2月号

さらば、シェヘラザード (ドーキー・アーカイヴ)

ポルノ小説をルーティンで書き続ける男が執筆の壁にぶつかって悶絶し続けるさまをリアルタイムで観察するという内容の天下の奇書である。

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